夢魔
MIN:作

■ 第19章 出張30

 襖の奥で梓の告白を盗み聞きしていた金田は、目を大きく見開き、驚愕に震えていた。
(有り得ない……有り得ない…有り得ない、有り得ない! そんなの絶対に有り得ない!! 俺のために、柳井君の命令を守らなかった? 俺が殴られたぐらいで…あの彼との誓いを破っただと…嘘だ…嘘だ、そんな話し嘘だ! 俺は信じない!!)
 金田は踞り、両耳を押さえ身悶えし、梓の言葉を否定する。
 しかしその後、微かに聞こえる梓の声に、金田は弾かれたように頭を持ち上げ、聞き耳を立てた。
『私は、金田様を今まで傷つけて来ました。それを、一昨日の夜ご主人様に諭され、真っ白な心で今回接し、痛いほど解りました。私は、金田様に許されるまで、どんな事にも従う覚悟を決め、お仕えしようと思っておりました。なのに…、こんな、こんな事になって…』
 そこまでが、金田が理解できた梓の言葉だった。
 金田は、何か鈍器のような物で、頭を思い切り殴られたように、クラクラと目眩を覚えながら、梓の言葉を反芻する。
(俺を傷つけたから…柳井君に諭された…真っ白な心で接した…痛いほど解った…俺に許されるまで従う…)
 頭の中で、梓の言った言葉が、グルグルと回り始めた。
(馬鹿な、それじゃ梓が示していた服従が、本物だっただと? あの陵辱に耐えていたのは、俺に本気で従ってただと!)
 梓の言った言葉と、金田が導き出した答えが、絡み合い溶け合う。

 何度も頭の中で繰り返し、一つの答えに行き着く金田。
(俺が居ない時に、こんな事を言っても、仕方がない…それに、俺がここで聞いているなんて思っても居ない筈だ…。だとすると、今の言葉は…駆け引きの無い…真実…? …それしか、答えが行き着かない…)
 金田はこの時梓の本心を初めて知った。
 そして、金田は自分のしてきた事を振り返り
(嘘だろ…なぁ…じゃぁ、俺は…何してたんだ…柳井君の影に怯え…梓の気持ちも考えず…虐めるだけ虐め…辱めるだけ辱めた…俺は、何なんだ…)
 金田の心は己の愚かさで凍り付き、その身体は後悔で身を灼かれる。
 愕然とし、脂汗を流しながら、ガタガタと震える金田の耳に、か細い梓の声が虚ろに届く。
『そうよ…全部私が悪いの…私が我慢していたら、金田様に危害が及ぶ事なんか無かった…私が、あそこに居なければ、金田様が怪我をする事もなかった…そうよ…私が…私が悪いの…』
 金田の心は、その言葉を聞き、締め付けられ、最後の言葉を聞いた瞬間破裂した。

 ばーんと勢い良く、居間の扉が開いたかと思うと、金田が飛び出し梓に縋り付く。
 金田は涙で顔をぐしゃぐしゃにし
「悪くない! 梓は何も悪くない! あそこに連れて行ったのも、あいつらと関係を持ったのも、全部俺が悪いんだ! 梓は何も悪くないんだ…悪いのは…悪いのは…全部俺なんだ…俺の心の弱さが…招いた事なんだ…許してくれ…許してくれ、梓…」
 梓に謝罪し、何度も何度も梓に頭を下げる。
 突然襖を開け飛び込んで来て、梓に謝罪する金田を6人が驚きの目で見詰めた。
 ただ1人梓だけが、嬉しそうな悲しそうな震える表情を浮かべ
「ああ、金田様…お加減は宜しいのですか? 傷に障りますどうかお休み下さい…」
 金田の顔の腫れを優しく撫でながら、金田に告げる。
「構わない…こんな物…お前にしてしまった事に比べたら…屁でもない…」
 金田が梓に告げると、梓は金田に
「私は奴隷です…金田様に頂く物は、痛みも苦しみも全て、喜びで御座います…」
 目を伏せながら言った。
 梓の仕草と言葉は、未だ自分の犯した罪から抜け出せ無い中、精一杯の笑顔での物だった。
 金田はあずさのその言葉に、悔しそうに唇を引き結と、すっくと立ち上がり、梓の手を取り
「こっちへ来い、お前達は絶対に来るなよ!」
 溝口達を指さし、自分達の副寝室へと消えてゆく。
 呆気に取られた溝口達は、金田が言った通り、居間で2人を待った。

 副寝室に着くと、金田は引っ張ってきた梓を、丁寧に座らせて自分の携帯電話を取り出し、有る事に気付いてうち捨てる。
 直ぐに梓に向き直ると、金田は梓に命じた。
「柳井君に直ぐ連絡をしてくれ! これは、命令だ。俺が梓の正当性を説明する。それでも、罰するなら俺にも考えがある」
 金田は必死の顔で、梓に詰め寄った。
 うち捨てられた、金田の携帯電話には、稔の連絡先が入っていなかったのだ。
 梓はオロオロとするが、金田が梓の荷物の中から、携帯電話を取りだし梓に突きつけると、梓はダイヤルロックを外し、稔にコールする。
 梓はコール音が始まると、携帯電話を金田に差し出し
「申し訳有りません…私の都合で、私の方から電話を掛ける事は、禁じられております…」
 小さな声で俯きながら、おずおずと呟いた。
 金田は携帯を受け取り、耳に当てると数度のコール音で相手が出る。
『もしもし、梓? どうしたんです…緊急事態ですか?』
 稔の声が少し慌てた色を見せ、電話から流れた。
「ああ、緊急事態だ」
 金田が短く告げると、暫くの沈黙の後
『その声は…金田さん?』
 稔が問い掛けてくる。

 金田は、稔の問い掛けに頷き、状況を説明した。
「今朝俺が梓を調教中、暴漢達に襲われた。梓は俺を守るために、禁じられた事を解放して、俺を助けたんだ。俺と、俺の連れは梓のその力で、難を逃れた。ほぼ命を助けられたレベルの事でだ! だが梓は、君との約束を破ってしまったと、死ぬほど後悔している。どうだろう、約束を破ってしまった件は、緊急避難として許してやってくれないか?」
『金田さん…随分一方的ですね…僕と梓の約束は、[約束を破りました][仕方ないから許しましょう]と言った、そんなレベルの物では有りませんよ…もう少し、何を破ったか位は、教えていただけませんか?』
 金田は梓の方をチラリと見て、背中を向けると
「オ○ンコの力を解放して、追っ払ったらしい…」
 小声で稔に告げる。
 何となく気が引けた金田が、気を遣ったつもりで居たが、梓には羞恥を煽る以外の結果をもたらさなかった。
 真っ赤に顔を染める梓に気付かず、金田は小声で話を続ける。
「君に止められてたんだろ…それで、梓は酷く落ち込んでしまってるんだ。どうだろう、ここは俺を立ててくれないか? 梓を許してくれ…。俺の依頼で足りないんなら、何でも出す…梓の心が落ち着くなら、病院をやっても良い! 頼む、梓を何とか、許してやってくれ」
 金田の言葉に梓が驚き、後ろから縋り付く。
「な、何を仰るんです! そんな、病院を譲るなんて…私などのために、そんな事…」
 縋り付いてきた梓に、金田は心の底から微笑むと
「良いんだ…あんな物、お前に比べたら…ゴミみたいなモンだ。俺は、あんな病院より笑顔で寄り添ってくれるお前の方が、遙かに大切だ」
 梓に答える。
 梓は泣きながら金田に縋り付いた。

■つづき

■目次2

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊