夢魔
MIN:作

■ 第20章 恋慕1

 時間は梓が医院長である金田に、その本性を晒す前の総合病院に戻る。

 ICUの前の廊下で柏木に謝罪させた狂は、急速な眠気に襲われた。
(駄目だ…強引に入れ替わったから…保たない…。一旦姿を隠さねぇと…)
 狂はフラフラと立ち上がり、トイレに向かって歩き始める。
 その姿を、驚きの表情で見詰めていた絵美が
「待って…。純君? …何処に行くの?」
 後ろから緊張した声で、問い掛けて来た。
「あ、ごめん…急に眠気が来たんだ…顔を洗ってくるね…」
 狂が言い訳をして、トイレに歩き始めると、絵美は駆け寄って、狂の顔を覗き込もうとする。
 狂は咄嗟に絵美を払いのけ
「あ、ごめん…僕こういう事良く有るんだ…。今凄く変な顔に成ってるから、見ないで欲しい…」
 顔を伏せ、トイレに急ぐ。
 払いのけられた絵美は、その狂の姿を後ろから見詰め
(何? 何か違うわ…。色が揺らめいているみたい…。何か変)
 狂の醸し出す雰囲気が、不安定に成っているのを息を飲んで見ている。

 トイレに転がり込むように、入り込んだ狂は直ぐに純と入れ替わった。
 トイレの洗面台に捕まり、ズルズルと身体を引き上げる純。
 洗面台の鏡に映ったその顔は、焦りに染まっている。
(いま、見られた…。絵美ちゃんにヒョッとして、見られちゃったかな…)
 オドオドと狼狽え、どうして良いか解らずに居た。
 すると、そこにトイレの外から絵美の声が響く。
「純君…大丈夫? お医者さん呼ぼうか…?」
 絵美の声にドキリとし、純は慌てて水を流して、顔を濡らす。
(落ち着け…僕と兄さんの外見的な変化なんて、何処にも無いんだ…今まで、バレたのも…殆ど、エッチした後の事だし…絵美ちゃんに解る筈が無いんだ…)
 自分を落ち着かせ、ペーパータオルで顔を拭い
「うん、大丈夫だよ。今出るからちょっと待って」
 外で心配する絵美に声を掛ける。
 顔の水気を拭いて、大きく呼吸を整え
「良し! 大丈夫だ。絶対バレてない」
 小声で自分に言い聞かせ、扉に向かう。

 トイレの扉を開け、外に出た純の目の前に、心配そうな絵美の顔が有った。
 純はその顔を見て、ドキリと胸を高鳴らせる。
 純を待っていた絵美は、不安に押しつぶされそうで、どこか儚げで可憐だった。
 純の顔を見詰める、絵美の方もドキリと胸を高鳴らせるが、それは純が抱いた物とは、全く性質が違っていた。
(違う…やっぱり、違う。さっきまでの純君じゃない! どう成ってるの…)
 絵美は純を見詰め、自分の感じた物が間違いではなかった事を確信する。
 だが、同時に絵美は感じていた。
(双子でもあそこ迄、似ない筈…まるで、魂が違うだけで、同じ人みたい…)
 絵美の感性は、正確に純の姿を捉えていたが、それは絵美の想像力を越えていた。
 絵美は自分の感じた物の異質さに、足下が崩れて行くような感覚に襲われよろめく。
 純が咄嗟に絵美に手を伸ばすも、非力な純では支えきる事が出来ず、体を入れ替えるだけで精一杯で、一緒に倒れ込む。
 純の身体の上に、小さく柔らかな絵美の身体が、のし掛かる。
 純は自分の身体を投げ出しながらも、必死に絵美を守ろうと抱きすくめた。

 絵美の胸の中で、複雑に感情が絡み始める。
(私を包んで励ましてくれた、優しい純君…一緒にデートしたドキドキする程、強引な純君…貴男は誰なの? どうして私なの? 何を考えてるの? 何が望みなの? 私をどうしたいの? 解らない…解らない…)
 絵美は純の胸の中で、瞬間的にパニックに陥る。
 固く身を縮める、絵美に純が苦痛を堪えながら、問い掛けた。
「大丈夫絵美ちゃん? ごめん…西川さん…怪我しなかった?」
 絵美が顔を持ち上げると、純の顔が心配そうに覗き込んでいる。
(いや…そんな目で見ないで…。そんな優しい、心配する目を向けないで…。私はそんな女じゃない…)
 絵美は顔を背け、純から身体を離すと、自分の身体を抱きしめ
(そう…私は、人をどうこう言える女じゃないの…。穢れた女なのよ…)
 固く眼を閉じ、小さく震えた。

 純は絵美の震えが、自分が抱きしめて起きた事だと勘違いし、慌てて身を離す。
(何をしてるんだ僕は…。絵美ちゃんが怯えてしまった…)
 肩を落とし、絵美の背中を見詰めると
「ゴメンね…西川さん…」
 純の口から自然と絵美に対して、謝罪の言葉が洩れた。
 絵美は純の謝罪に、自分の心の中を見透かされた気持ちになり、涙が溢れ出す。
(謝らないで…、私は…私は優しくされる…そんな女の子じゃないの…)
 更に身を縮め、嗚咽を漏らす絵美。
 絵美にはこの時、何故自分がこんなに悲しいか解らなかった。
 純は自分のせいで絵美が泣いた物だと思い込み、項垂れながら立ち上がると
「ゴメン…変なコトして…本当にゴメンね…」
 勢い良く頭を下げて、廊下を駆け出した。
 純もまた、何故その場に居れない気持ちになったか、この時は解っていない。
 2人はお互いの気持ちに、自分達でも気付かず、距離を取ってしまう。

■つづき

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