夢魔
MIN:作

■ 第20章 恋慕9

 絵美は誰も居なくなった公園の真ん中で、呆然と立ちつくす。
 絵美は主婦達が消えても、動く事が出来なかった。
 下半身を晒したまま、後ろ手を組み観察していた主婦が言った言葉が、頭の中で繰り返される。
(変態…私は、変態なの…。マゾだから、こんなに濡れてしまうの…)
 絵美は指摘された言葉と、自分の身体の反応が合致し、それを事実として認識してしまった。
 身体からストンと力が抜け、腕がダラリと垂れ下がり、肩も首もガックリと落ちる。
 植え込みの向こうから、楽しげに話す声が響き、絵美は我に返って、急いでスカートを直す。

 2人連れの女子高生が、植え込みの向こうから、絵美を見てギクリとした表情を向けた。
 絵美はギリギリスカートを戻し終えて、下半身を隠していた。
 無遠慮な女子高生の目が、ジロジロと絵美の身体を睨め付け、通り過ぎて行く。
 暫くして離れて行く女子高生が、声を上げ笑い合い、絵美の事を話し始める。
 そんな女子高生の会話の中に[露出狂]や[変質者]の言葉が混じっていた。
 絵美の心は、ボロ雑巾の様に成っていた。
(どこか、人目に付かない所に行こう…そう、入り口が見えて、人目に付かない所…)
 絵美は無表情でそれだけを考え、移動し始める。
 だが、この公園には付近も含め、そんな都合の良い場所は、何処にもなかった。

 絵美は仕方なく、草むらの中に身を隠す。
 木々の間に入れば、少しは目立たなくなるからだ。
 絵美は草むらに隠れ、ジッと地面を見詰める。
 頭の中に、[変態][マゾ奴隷][露出狂][変質者]様々な言葉が、グルグルと嘲笑混じりに思い出され、絵美を責める。
 時間は5時に成ろうとしていた。
 薄暮の中、絵美はドンドン追いつめられて行く。
 自分が、ドンドン惨めで、穢らわしく、浅ましい存在に思えて仕方がなかった。
 それは、夕闇が迫ると、ドンドン強くなり心の中で、強く大きく成って行く。
 今の絵美にとって、支えに成る物は[純]と言う存在だけだった。

 純は自宅のベッドで眼を覚ました。
 目の前に有る携帯電話を手に取り、時間を確認する。
(あっ…電源が切れてる…。そうか、寝る時消したんだ…)
 純がボーッとする頭を持ち上げ、電源を入れると機動音を鳴らし、携帯の電源が入る。
(6時か…久しぶりによく寝てた…)
 純は朝の9時から、9時間そのまま眠っていたのだ。
 まだ眠気の取れない純が、ベッドの上にへたり込んでいると、転送電話の記録が送られてくる。
(あ、着信が13件有る…5件は庵君だ…、僕には関係ないや…8件は…この番号…絵美ちゃんだ!)
 絵美からの電話に気付き、途端に頭が目覚める。
(留守電にメッセージが入ってる…)
 純は慌てて、メッセージを聞いた。
(もう、2時間半も過ぎてる! うわぁ〜〜〜!)
 純は素早くベッドから飛び降り、ジャケットを羽織って、自宅を飛び出した。

 全力疾走で、ヘロヘロに成りながら、純は約束の公園に着いた。
 時間は6時20分だが、純の家からこの公園までは5q程しかなかった。
 いかに純の運動能力が低いか窺い知れる、数字である。
 大きく肩で息をしながら、公園に入ろうとする純。
 辺りは既に薄暗く成っている。
 純が公園の中に入り、辺りを見回すと、公園の中には誰も居ない。
(そりゃそうだよ…だって、もう3時間も約束の時間を過ぎてるのに…)
 純は肩をガックリと落とし、公園を後にしようと出口へ向かう。

 絵美は草むらの中で、その足音に気付き頭を持ち上げる。
 パタパタと力無く足を運ぶ音、それに合わせてハアハアと激しい呼吸音が、遠くから聞こえた。
(え! あの足音…来てくれたの…)
 絵美が周りを見ようとして、その暗さに驚きながら、ソッと葉の隙間から様子を伺う。
(だめ、ここからじゃ良く見えない…。でも、出て行って違ったらどうしよう…。さっきの小父さんみたいだったら、どうしよう…)
 絵美は30分程前、足音に気付き草むらから、一度姿を現していた。
 その時は、全くの人違いで、中年の男だった。

 中年男性は、絵美を見るとだらしなく笑い、擦り寄って来て指を3本立て、いやらしい笑いを浮かべる。
 絵美は意味も解らず、無表情で見詰め、フッと踵を返すと
「ケッ売女が、お高くとまりやがって!」
 唾を吐いて、離れて行った。
 中年男の姿が見えなくなって、草むらに戻り踞ると、さっきの3本指の意味を理解する。
(あの指は…3万円…そう言う事なんだ…。こんな格好でいると、誰でもそう思うのね…)
 その時、絵美はギクリと気が付く。
(い、今の小父さんは、すんなり帰ったけど…こんな格好で、男の人に押し倒されたら、言い訳なんか出来ないわ…)
 絵美は、自分の軽率さに気付き、ゾクリと背筋が冷たくなるのを感じる。
 絵美はまた深く落ち込み始め、小さく踞った。
 辺りが薄く暮れて行くように、絵美の気持ちもドンドン暗くなっていった。

 そうして、今2度目の来訪者に、絵美は慎重に成っている。
(あ〜ん…ここからじゃ、暗くて良く見えない…)
 公園の中の方に向かって、気配が動き絵美はその気配を草むらの中から、必死に追う。
 思わぬ程近くで、大きな溜息の音を聞き、ドキリと身を強張らせる。
 慌てて身を草むらに隠そうとすると、目の前を人影がよぎった。
 絵美の右手は、何も考えずいきなり草むらから伸びて、その人影の腕を握っていた。
 目の前には、驚いた顔をした純が居た。

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