夢魔
MIN:作
■ 第20章 恋慕11
純の引きつった笑顔を、真正面から絵美が見据え
「さっきから解ってるわ…純君が私をまともに見ていない事…。私には解るの…」
思い詰めた目線で純に言った。
純はその言葉にたじろぎ、俯く。
暫くの沈黙。
重い空気が部屋全体を覆い掛けた時
「穢らわしい…?」
絵美がポツリと純に問い掛ける。
絵美の質問に、純は弾かれたように顔を上げ
「ど、どうして、そんな事無いよ! そんなの思った事もないよ!」
ブンブンと首を左右に振り、絵美を見詰めてまた俯く。
絵美は唇を噛み、泣きそうな顔になると
「じゃぁ、どうして? どうして見てくれないの…?」
純に呟くように、問い掛ける。
すると純は、蚊の鳴くような小さな声で
「目のやり場がないんだ…」
絵美に心の内を告げる。
絵美はその答えを、暫く理解できなかったが、ジワジワと心に拡がり染み込むと
(えっ? 嘘…。本当だ…純君恥ずかしがってる…。それじゃ、私の思い込み…やだ…私何言ってたの…)
その言葉を理解し、途端に反省し恥ずかしくなった。
2人揃って俯き、モジモジとし始める。
2人の動きを促したのは、ピンポンと言うチャイム音と[お飲み物と食事をお持ちいたしました]スピーカー越しの店員の声だった。
純はその声に飛び起き、イソイソと壁面に設けられた、小さな小窓に駆け寄る。
小窓を開けると、そこには純が注文した、飲み物とピザが届いていた。
純はトレーごと持ち上げ、テーブルに戻ってくると、飲み物とピザを置き、また立ち上がって、トレーを戻そうとする。
すると絵美がソファーからスッと立ち上がり、純の手からトレーを奪い取ると
「私にさせて…、純君はソファーで待ってて…」
そう言って、小窓にトレーを戻し、小窓を閉めて振り返る。
純は相変わらず、俯いて絵美を見ていない。
絵美は腰に手を当て、フーと溜息を吐くと、純の前の椅子に座り、飲み物に手を伸ばす。
絵美は純の顔を見て、再び悲しげな表情をする。
(純君がこんな風だと…お願いも出来ない…。純君こんな格好嫌いなのかな…、でも話はしなきゃいけないし…)
肩を落とし、後悔の中この先の打開策を考え始めた。
この時、絵美には純が発する色が揺らめいているのに、気付いていない。
(おい! お前は馬鹿か? あの女、身体全身でヤッて呉って言ってんじゃねぇか! 押し倒すぐらいの根性見せろよ)
充分な睡眠で復活した狂が、意識の奥から純に干渉する。
(そんな事出来るわけ無いだろ…それに、絵美ちゃんはそんな子じゃない!)
(けっ! 解ったよ。どうでも良いけど、いい加減にしないと、絵美の奴、目的が果たせないで、泣きそうになってるぜ)
(解ってるよ…今、切り出すから、もう口出ししないでよ!)
純は珍しく狂をねじ伏せ、主導権を握り続けた。
純は目を閉じ大きく息を吐いて、心を落ち着かせると、スッと頭を持ち上げ
「絵美ちゃ…西川さん。話したい事って何かな?」
俯き悩む絵美に唐突に質問した。
純の突然の質問に、驚いた絵美は言葉を詰まらせる。
「え、あ、えっと、あの…あのね…」
慌てふためく絵美は、純の目にとても可愛く映り、思わず微笑んでしまう。
純の笑顔に、少し落ち着きを取り戻した、絵美は
「絵美で良いです。私も純君て呼んでるんだもの…名字で呼ばれるのは…嫌です…」
頬を染めながら、上目遣いに純に言った。
「あ、う、うん解ったよ絵美ちゃん…これで良い?」
純が絵美に問い返すと、絵美はニッコリ笑って
「うん」
子供のように大きく頷いた。
純は絵美のその仕草に、またドキリと胸を高鳴らせる。
絵美も純の微笑みに、胸をドキドキさせながら、言葉を探す。
「あのね、借りたお金の事なんだけど…」
絵美は意を決して、純に話し始める。
「希美は入院しなくて済んだんだけど…、その〜…、お仕事無く成っちゃったし…通院もしなくちゃいけないし…、それでね、それでね…」
絵美はしどろもどろになりながら、バツが悪そうに説明する。
「お金? ああ、別にいつでも良いよ。さしたる金額でもないし、返せる時に返して貰えれば、僕はそれで良いです」
純は絵美の心配など、全く気にする事はないと、軽く言った。
余りにも話が簡単に済んで、呆気に取られた絵美は
「え、で、でも…100万円よ? さしたる金額じゃ…え?」
キョトンとした表情で、口ごもる。
純はニッコリ微笑んで
「うん、僕がオケでピアノを弾くと大体50万ぐらいだから、2回のヘルプ分ぐらいかな…。それに、株をやってる時だと5分で増減しちゃう金額だよ」
絵美にとっては想像の外の話しをした。
余りの衝撃に、絵美は次の言葉が出なかった。
(1回50万…5分で増減する…。何? 純君は、何を言ってるの?)
余りに突拍子も無い話しを、頭の中から追い出した絵美は、次の話を切り出す。
「えっと…、私はそのお金を今すぐ返せないし、利息なんかも払えないの…それに凄く感謝してるし…」
絵美が棒読みのような言い方で、説明を再開すると
「あ、良いよ別に…利息なんて考えた事無いし、本当にいつでも良いんだよ。絵美ちゃんが喜んでくれたら、僕はそれが一番嬉しいし」
あえなくその出鼻を純の言葉が、挫いた。
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