夢魔
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■ 第20章 恋慕13

 2人は話を終えてその日は、お互い帰路に着く事にした。
 涙で崩れた化粧をカラオケボックスのトイレできれいに洗い流し、素顔を晒す絵美は、恥ずかしそうに俯いている。
 純がソッとジャケットを羽織らせると
「えへっ…私いつも純君に、何か着せて貰ってるね…」
 嬉しそうに笑い、純の腕に自分の腕を絡みつかせる。
 純は照れくさそうに、微笑み
「だって、絵美ちゃんは、いつも僕に身体を見せ付けるんだもん…」
 唇を尖らせて、文句を言う。
「そうねぇ〜っ…いつも変なところを見せちゃうモンねぇ〜」
 絵美が悲しそうに言うと
「へ、変じゃないよ…凄く綺麗だよ…。でも、ほら僕も男でしょ…だからさぁ〜…」
 純が慌てながら言うと、絵美は純の腕を乳房に押しつけ
「だから…何…」
 囁くように、純に問い掛ける。

 純は下から縋るような目線を向ける絵美に、ゴクリと唾を飲み込んで
「め、目のやり場に困るって言うか…うん…ごめん…」
 しどろもどろになりながら、最後は謝ってしまう。
 絵美は目を伏せて、無言で腕の力を緩める。
 だがその時、絵美は奇妙な感覚を感じた。
(あれ? 昨日と違う…昨日は抱きついても、何か余裕のような物を感じたけど…今は慌てふためいた…あれ?)
 絵美の感じた物は、微細な事だったが、何か薄いもどかしさのような物を感じ、それを探し始める。
 そんな2人を、狂がジッと見詰めている。
 純の意識の中で、その存在を薄れさせ紛らせ、純の感覚の何割かを使い、観察していた。
(この女…何か気付いて来た…いや、感づいたと言うべきか…。このまま隠し通す事は、出来ないな…荒療治だが失敗しても、次のステップに移れる…眠らせていた計画を実行するか…)
 狂は絵美の中で起きた、変化を敏感に感じ、観察を続ける。

 絵美は帰り道で、何度かよろめき、純の身体に縋り付き、純の反応を探った。
 分かれ道に来た時、絵美は純からスルリと離れ
「ジャケットは今度返すね、じゃぁ明日学校で」
 にこやかに手を振り、純を見送る。
 純も手を振って、それに応え自宅の方向に歩き出した。
 純の背中を見送る絵美。
 その目は真剣そのものだった。
(違う今ならハッキリ解る…今日の純君は、この間デートに誘った純君じゃない…病院に居た純君と一緒…。でも、病院にも昨日の純君は居た。お医者さんに食って掛かったのは、デーとした純君だもん…。どう言う事…純君が2人…?)
 絵美はハッキリと気が付いたのだ。

 腕に寄り添いながら、身体を押しつけた時のリアクションが、全く違う別人の反応である事に。
(2人の純君が居て…私をからかってるの…でも、いつ入れ替わってるの…少なくとも、病院での変わり方は普通じゃなかった…咄嗟に、トイレで入れ替わるなんて…そんな事をして、何の意味があるの…)
 絵美はジッと佇みながら、考え込んだ。
(私の好きな純君は…どっちの純君…デーとした強引な純君…それとも、優しい今の純君…解らない…そもそも、2人居るって…言い切れるの…解らない…何もかも…解らない…)
 絵美は頭を抱え込み、自宅に走り出した。

 自宅に戻った純は、ご機嫌だった。
 絵美との交際を確約し、付かず離れずの関係が出来たからだ。
 そんなご機嫌の純に、一本の電話が入る。
『もしもし、庵です』
 携帯電話を取った純は、あからさまに不機嫌になり
「もしもし、今変わりますね」
 庵にそう告げると、目を閉じる。
(お兄ちゃん電話…。僕はもうこのまま眠るから、おやすみ…)
 ピクピクと瞼を痙攣させ、目を開く。
「もしもし、俺だ…何度も電話してたみたいだが、何か有ったか?」
 狂が電話口に出て、庵に問い掛ける。
『ええ、日中の用件は終わりました、今回は別件です。明日からSの教育を始めるそうです。準備は大丈夫ですか?』
 庵が質問に答え、問い返すと
「ああ…粗方終わってる。ただ、最終チェックは俺にゃ出来ないから、稔の奴に言っとけ…」
 狂はぶっきらぼうに答えた。
『ええ、そこら辺は、稔さんも理解していました。じゃあ、明日』
 庵は用件を終え通話を切った。

 狂は携帯電話を持ったまま、目を閉じ意識の中にいる純を探す。
 純を見つけ、完璧に外界との接点を切っている事を確認し、狂は携帯電話をダイヤルする。
「もしもし俺だ、頼んでいた件どう成ってる? ああ、進めてくれ。いつ出来そうだ? 明後日か…解った頼む」
 狂は携帯を切ると、ジッとそれを見詰める。
(もう、歯車は回り出したんだ…純の好みに係わってる暇はない…。それにこの方が、あいつのためでも有るんだ…)
 狂はジッと考え込み、シャワールームに移動する。
 シャワーを浴びた後、日課を済ませ眠りに着いた。
 今は少しでも、自分の精神力を回復させなければ、ならないためだった。

 翌日通学してきた絵美は、直ぐに純を探し始める。
 自分のクラスに鞄を置いた後、純のクラスを覗いたら、その姿が見えなかったからだ。
(居ないなぁ〜…、純君の行動範囲って、どこら辺なんだろう)
 絵美は可愛らしい弁当箱の包みを手に持ち、校舎を下から上に探しまくる。
(3階かな? 選択教室がある所だけど…。あ、音楽室かな?)
 絵美は見当を付けると、急いで階段を上がり、3階の廊下に立った。
 すると、旧生徒会室の前辺りで、大きな男子生徒と話しをしている。
 大きな男子生徒とは、庵の事だった。

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