夢魔
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■ 第20章 恋慕14

 絵美は純の姿を遠目で見詰める。
(今日は強引な方の純君だ…。ようし、話しをして確かめてやる…)
 絵美はその雰囲気の配色から、純と狂の違いを完全に見抜いていた。
 にこやかに微笑みながら
「じゅ〜ん君」
 と大きな声で名前を呼び、小走りで近付く。
 驚く純の顔を見ながら、絵美は微笑みの裏でジッと観察を始める。

 突然名前を呼ばれた狂は、声のする方を見てギクリとする。
(やべっ! 成るべく合わないつもりで居たのに、朝からかよ…)
 狂はもう絵美が自分の存在に気付いている事を、解っていた。
 ただ、それがどのレベルで、知っているかは、まだ掌握し切れていない。
(ちっ! 仕方ねぇ…ここはこっちも探りを入れるか…)
 腹を決めた狂は、純の真似を始める。
「あ、絵美ちゃん…朝からどうしたの?」
 狂が純になりきり質問すると
「うん、お弁当作ったの…お礼、何にも出来ないからさ、これぐらいしたくて…」
 そう言いながら、可愛らしいハンカチで包んだ、お弁当箱を差し出す。

 狂は差し出されたお弁当を、目を白黒させ見詰めると
「あ、ありがとう…良いの?」
 絵美に問い返す。
「うん、1個作るのも、2個作るのも労力や手間は、一緒だもん…でも、口に合うかは解らないわよ」
 悪戯っぽく笑って、狂の胸に押しつけた。
 狂はその絵美の笑顔にドキリとしながら、少し記憶と違う絵美の姿に目を向ける。
(あっ! こいつ…足を出してる…。スカートが短くなってるんだ…。良いじゃねえか…俺好みだ…)
 狂はスッと視線を戻し、絵美の生足を品定めする。
 だが、それは絵美の罠だった。
(純君Aとの違い見〜っけ…こっちの純君は、エッチだ…)
 絵美は仮説の元、純の事を[純A]とし、狂の事を[純B]と仮定していた。

 狂の顔を見詰め、ニンマリ笑う絵美に、狂はその行動に気付く。
(こいつ、分析を始めやがった…こりゃ、迂闊にしてたら正体がバレちまうぞ…)
 狂は絵美の意図を理解し、警戒を強めてゆく。
 狂の変化に気付いた絵美は、身体を投げ出し、腕にしがみついて甘くじゃれつき
「ねえ、ねえ、純君…。純君てさぁ、学校にいる時いつも何処にいるの? 教えてよ〜」
 狂に質問を始める。
「ぼ、僕は大体庵君か稔君と一緒にいるよ…。ねえ、庵君…」
 話を庵に振ると、庵は笑いを噛み殺している。
 だが、長い付き合いでしか解らない、庵のその表情は、普通の者の目には恫喝にしか見えなかった。
 鋭い目を向け、右頬をヒクつかせ、唇の右側を吊り上げた表情は、見る者の顔を強ばらせる。

 しかし、絵美は不思議そうな顔をして、庵を見詰めていた。
(この人…こんな顔してるけど…楽しいんだ…。一切威圧とかの感情がないし、喜びの黄色も見えるもの…)
 庵は絵美の不思議な目の色に、驚愕する。
(この女…俺に怯えていない…。今の顔を見たら、大概の人間は怯えるはずだ…。こいつ何モンだ…)
 庵の色が警戒色を強めた事を感じ
(あれ? 何か変な雰囲気ね…、ここは一旦離れた方がよさそう…)
 とっとと退散する事を決める。
 絵美は、狂の腕を放し、クルリと踵を返すと
「じゃぁ、純君、またねぇ〜っ…」
 そう言って、廊下を走り去る。

 走り去ってゆく絵美の背中を見ながら
「狂さん…あの子何なんですか…俺に怯えなかった…」
 ポツリと庵が問い掛けると
「ああ、俺の彼女だ…」
 狂はポツリと庵に答える。
 庵は片眉を跳ね上げ
「やばく無いですか?」
 短く問い掛ける。
 狂は溜息を吐きながら
「かなりな…」
 吐き捨てるように答えた。
 だが、次の瞬間
「そこが面白いし、気に入っている理由でも有る。俺は、一番先にお前達から、外れるかも知れないぜ…」
 ニヤリと笑って、庵に付け加えた。

 絵美は廊下を走りながら、今得た情報を分析し始める。
(えっと…[純君Bは強引でエッチ…でも、かなり鋭い…。おっかなそうな友人も居る]っと…)
 頭の中に、情報を反芻して、叩き込む。
 この後も絵美は、事ある毎に純に接触し、情報を集めてゆく。
 だが、狂は絵美が情報を集め出した事を知り、中々絵美の前に姿を現そうとはしなかった。
 そうして、絵美の中には、必然純のデーターだけが溜まる。
(ん、もう…純君Aの情報はいっぱい溜まったけど、純君Bが出て来ない…。無防備すぎた? でも、隠れる必要有るのかな…。それとも、出てこれない理由があるの…。もしかして、学校が嫌いとか…)
 絵美はブツブツと言いながら、狂の姿を追い始める。

 そして放課後完全に姿を消した、狂を見つけきれずトボトボと家路に着く。
 家路に着く最中、絵美は今日一日で集めた情報を色々整理する。
(純君Aは…、あんまりハッキリ物を言えない…と言うか、小心者…。何よ…、彼女が居るのに、あんな3年生にベタベタされて…、嫌なら嫌って言えば良いじゃない! ペットじゃないんだしフンだ!)
 絵美は目撃してしまう。
 純が3年生に囲まれ、教室に引き摺り込まれ、まるで愛玩動物のように抱きつかれて撫でられて居る様を。
 その中で、困惑しながら薄笑いを浮かべ、[止めて下さい]と言いながら、微かな抵抗を見せる純の姿は、小動物のようだった。
 絵美はその姿を見詰めて、あきれ果てながら、何故か無性に腹が立った。

 絵美の感じた苛立ちは、純に対する物では無く、無遠慮な上級生に対する部分が大きかった。
(人が良いのにつけ込んで、本当に嫌になるわ…遠慮って物を知りなさいよね!)
 絵美は頬を膨らませて、上級生をなじる。
(でも…純君Bに会えたのは、結局朝だけだったな…。何かまだ、いっぱい奥が有りそうな感じがしたけど…結局良く分からなかった…。まぁ、良いや明日調べよ! そっ、明日明日)
 絵美はそう決めて、家路に着く。
 その翌日に絵美の生活が、ガラリと変わる事など、絵美は知る由もなかった。

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