夢魔
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■ 第29章 暗転23

 狂はドラドのルーレットテーブルに居た。
 狂の横には伸也が、愛理の腰を抱きながら、酒を煽りチップを掛けている。
「へへへっ、また当たったぜ…。これで今日の勝ちは500万だ。チョロいな…ルーレットなんて」
 伸也は上機嫌で愛理を抱き締め、狂に告げると
「まあ、勝つ時はそんなモンだ…。今日の俺はさっぱりだ、この間の勝ち分全部スッちまった…。今日の俺はここらが引き際かな…」
 狂は肩を竦めて、伸也に答えた。

 伸也は帰ろうとする狂の腕を慌てて、捕まえ
「お、おい、ちょっと待てよ。株の話しを聞かせろよ! おまえ、この間もなんだかんだ言いながら、教えなかったじゃねぇか」
 狂に株式売買の方法を教えろと詰め寄った。
「止めとけって。ありゃ、そうそう素人が手を出すモンじゃねぇ…。俺みたいな、モンでも損する時は損するんだぜ」
 狂はそう言いながら、伸也の手を振り解こうとする。
「解ってるって。ほら、俺もこの後親爺の後を継がなきゃなんねぇからよ、知識として仕入れときたいんだよ」
 伸也は腕を振り解こうとする狂を、尚も引き留めた。
 狂は大きな溜息を吐くと、伸也の顔を見、顎をしゃくって休憩の為のラウンジに、伸也を誘った。

 ラウンジの椅子に腰を掛けた伸也は、狂の株式教室に身を乗り出す。
「簡単に言うと、株って言うのは幾ら上がり下がりするかじゃねぇんだ…。幾らつっこめるかが、問題なんだ」
 狂がそう口火を切ると、伸也は真剣な顔で、狂の話を聞いた。
「例えば、1株500円の株が、510円に成ったとする。ここで売ったら、10円の儲けだな…。だがよ、1万株持ってて、全部売ったら10万円の儲けになる。それは、解るよな?」
 狂が伸也に問い掛けると、伸也は大きく頷いて
「それぐらい馬鹿でも解るだろ」
 渋面を作って、狂に答えると
「そりゃそうだ。問題は、1万株買うのに必要な500万って金だ。それが無いからみんなこの金儲けが出来ない。それが現実なんだ…」
 狂が笑いながらそう言うと、伸也は頷いて同意する。

 狂は真顔になると
「俺はそんな中、10万株、100万株の勝負をする。10円の上がり下がりで100万1000万が、ポンと手に入り、ポンと出ていく世界だ…。売買してる時は、一瞬も気が抜けねぇ…。お遊びで、どうこう出来る世界じゃねぇんだ…。それなりの資本金も要るしな」
 伸也に釘を刺す。
 伸也は狂の言葉に、ニヤリと笑いながら
「で、株を始めるには、どうしたら良いんだ?」
 忠告に全く耳を貸さない。

 狂は呆れ果てた顔で、天井を仰ぎ
「銀行口座とインターネットで、ガキでも出来る。後は、銘柄見て買うか売るかするだけだ…。後は好きにしろ…。ここで勝ったあぶく銭で、試してみろよ…」
 狂は伸也にそう告げると、席を立ち上がり出て行こうとする。
 伸也は黙って、狂を真剣な表情で見送った。
 狂は数歩歩くと足を止め
「東証二部の三田村興産…あそこの株を買えるだけ買え…、700円超えたら、直ぐに売りに回れ…。俺からの、プレゼントだ」
 背中を向けたまま、伸也に告げる。
 伸也は狂の言葉に驚きながら、何度も頷いた。

 背中を向け俯いて狂はエレベーターに一人で乗る。
 エレベーターの中で一人になった狂は、喉の奥から噛み殺した笑い声を上げた。
「くっくっくっ…あの馬鹿、まんまと足を踏み入れやがった…、しかも初戦で大勝ちしたら、絶対に止めらんねぇ。後は思惑通り、踊って貰おうか…くっくっくっ…」
 狂は上機嫌でドラドから出ると、その瞬間携帯電話が鳴り始める。

 狂は少し驚いて、サブディスプレイを覗き、表情を訝しそうに歪めた。
「もしもし、何の用だ? 俺に電話何て、珍しいな…」
 狂が通話を始めると
『それどころじゃないのよ、お願いだから、良い知恵貸してよ! あのね、今日2人の女教師が、警察と教育委員会に駆け込んだの。その2人に罰を与える話になったんだけど、入れ墨入れる事になちゃって…、困ってんのよ。私、契約の中に[保護義務]迄入ってるから、一生残る大きな傷は、契約違反に成っちゃうの! お願い、何か無い?』
 電話口でキサラが必死に、狂に知恵を貸してくれと、懇願する。

 狂にとっても、それは望ましい事ではなかったので、暫く考え込むと
「職員倉庫の[S]番を調べてみろ…、そこは、庵の私物入れに成ってる。確かそん中に生体塗料が入っている筈だ…、あいつの知り合いが作った顔料で、生体から作ってるから、3ヶ月から半年で体内に吸収され綺麗に消える。機械彫りだと真皮迄傷も届かない。表皮に傷が残るだけだし、その傷も真さんの薬で何とかなる…」
 キサラに庵の個人倉庫を、調べるように告げた。
 キサラは狂に感謝を告げると、直ぐに通話を切る。
「何だよあいつ…よっぽど慌ててたんだな…。まぁ、どうやらあいつも立場的には保護の様だし、一安心だ…。俺も帰って寝なきゃな、明日も忙しそうだし…」
 狂は大きく伸びをすると、家路に着いた。

◆◆◆◆◆

 キサラは狂に教えられた、[S]番倉庫から、入れ墨の顔料ともう一人分の、懲罰セットを持って地下に降りて行った。
 地下では伸一郎と田口の指示の元、東と谷が作業を開始している。
 二人の女教師の黒髪は、バリカンで全て刈られ、今はシェービングクリームが頭全体に塗りたくられていた。
 T字カミソリを手にした、東と谷は泣き叫ぶ女教師を嘲笑いながら、髪の毛を完全にそり落としている。
 ツルツルの坊主頭にされた2人の女教師は、嗚咽を漏らしながら伸一郎に許しを請うていた。
「死ぬ程反省しても、許す訳にはいかん。お前達は見せしめだ、今後2度と馬鹿な事を考える奴らが、現れない様にするためのな。精々惨めな姿を晒し続けろ」
 伸一郎は、事も無げに女教師に宣告し、戻って来たキサラに顎をしゃくる。

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