夢魔
MIN:作

■ 第30章 圧制15

 久美は公開処罰から解放され、やっとの思いでクラスに戻った。
 だが、久美達の地獄はまだ続く。
 クラスに戻った少女達は、クラスでは最下層の[物]なので有る。
 この先、誰に何をされても、一切の不満や反論をしてはならない。
 それが、校則に定められているのだ。
 もし、それを破ろう物なら、再び重校則違反者にされ、過酷な処罰が下される。

 教室に入った久美は、自分の席を探す。
 だがその場所には、既に別の少女が座り、教室内に空いている椅子と机は無かった。
 久美は唇を噛みしめ、自分のロッカーに視線を向ける。
 久美のロッカーが有った場所は、扉が外され中身は綺麗に無く成っていた。
 中に入っていたのは、体操服や参考書の類で、大した物は入って居なかったし、誰かに問い掛ける気も起きなかった。

 久美は仕方なく教室の隅に立ちつくすと、クラスメート達がグループを作り、お弁当を広げ始める。
 教室内に食べ物の香りが拡がると、途端に久美のお腹が[ぐ〜〜〜っ]と情けない音を立て、クラスメートの注意を引く。
 久美は頬を染め、恥ずかしそうにお腹を押さえ俯くが、クラスメートは久美を見詰め
「お腹空いたの? ひょっとして、何も食べてないの?」
 優しげな声で問い掛けてくる。
 久美は情け無い表情を浮かべ、コクリと頷くとクラスメートが、手にした弁当箱から卵焼きを箸で摘み
「食べる?」
 問い掛けてきた。

 久美はその言葉を聞いて、目の前が明るく開けた様に、顔を輝かせて
「あ、有り難う…」
 感謝しながら両手を差し出す。
 昨夕、下着着用禁止を免除されたクラスメートは、ニッコリと微笑みながら
「ちゃんと、食べてね…」
 久美に告げると、久美の差し出した手が届く前に、箸から卵焼きを離した。
 卵焼きは、久美の手の数o手前を擦り抜けて、床に落ちる。

 久美が驚きを浮かべると
「あら、落ちちゃった」
 クラスメートは、白々しく驚き
「でも、折角上げたんだから、ちゃんと食べなさいよ」
 嘲笑いながら久美に命じる。

 久美は唇を噛みしめ、涙を湛えながらクラスメートを見詰め、項垂れて床の上の卵焼きに手を伸ばす。
 すると、クラスメイトは久美の手より素早く、卵焼きを足で踏みつぶし
「あら、ごめんなさいね、踏んじゃった。でも、約束だから、ちゃんと食べてね」
 ニヤニヤ笑いながら、久美を見下ろす。

 久美の目から溜まっていた涙がハラハラと零れ落ち、唇を噛みしめて、潰れた卵焼きに手を伸ばす。
 床の上に散らばった、潰れた卵焼きを掌に載せ、小さな破片も全て集め、久美は目を閉じてそれを口に運ぶ。
 潰れた卵焼きを口にした久美を見て、クラスメートがわざとらしく驚きながら
「うえ〜〜〜っ、床に落ちて踏みつぶした、卵焼きを食べちゃった! 人間ここまで墜ちたら、何でも出来るのね」
 大きな声で、久美の行動を囃し立てる。

 久美の涙が止めどなく流れた。
 その理由は、侮辱された事で無く、惨めな行動を強いられた事でも無かった。
 潰れた卵焼きを食べ、美味しいと思ってしまった、自分自身が情けなかったからだ。
 久美は、自分の心がドンドン墜ちて行き、取り返しの付かない場所に行き着く予感を感じる。

 その徴候は、既に自分の中に起きていた。
 昨日の夕方、悦子に[物]だと宣言され、モップの様に扱われて、それを享受しようとする自分が居たのだ。
 [仕方がない]そう言う声が、久美の中に木霊する様に響く。
 それは、甘い誘いで[折れてしまえば良い]と、本気で思える程、久美の心を優しく誘惑する。
 [楽に成るわよ]そう誘い、心を捨て、プライドを捨て、人を捨てれば辛さが消えると、その声が囁くのだ。

 そんな心の葛藤と戦う久美を、クラスメートは追い詰める。
 そうしなければ、次は自分がターゲットに成る事を知っていたからだ。
 久美が教室に戻る前に、悦子からクラス全員に通達が出ていた。
 [久美を徹底的に追いつめなさい、久美が涙を流して許しを請う程、追いつめなさい]と悦子から言われた。
 これにより、久美をいじめ抜いた人間は褒美を貰え、虐められなかった人間は、次の標的になる。
 それは悦子の視線が、そう物語っていた。

 3年生を統括し、風紀委員を牛耳っている悦子の権力は絶大で、下手をすれば生徒会長並みだ。
 一般生徒が、抗える筈も無い。
 クラスの全員が、我が身可愛さに全員久美の敵に回り、久美に屈辱を与える。
 久美の心を削る為、久美の心を砕く為、クラス全員が知恵を絞っていたのだ。

 久美の回りをいつの間にか、クラスの全員が取り囲み、久美を見下ろしている。
「うわぁ〜、人の踏んづけた物食べるなんて…。こんなの、初めて見た…」
「人として終わってるね…。あっ、そうか、昨日から[物]に成ったから、良いのか…」
「この子…、あ、これか? これ、何でも食べるのかな?」
「ねぇ、ねぇ、どんな物まで、食べれるか、試してみない?」
 クラスメートがそう言うと、他の者が面白がってはしゃぎ始める。

 そこに、クラスの1人が鉢植えの、水受け皿を手にして
「ねぇねぇ、こんなの、有ったからさ。みんなこの上に、これのご馳走並べようよ! 絶対面白いって」
 輪の中に入って来た。
 少女の言葉に全員が喝采すると、逃げようとする久美を数人が押さえつけ、他の者は思い思いに[久美のご馳走]を作りに行った。
 久美は押さえ込んだ、クラスメートに
「許して下さい、放して下さい」
 必死になって懇願するが、解放される訳もなく、ただただこれから起こる出来事に涙した。

 有る者は自分の唾をご飯に垂らし、有る者は埃だらけのハンバーグを載せ、有る者は雑草をまぶしたおにぎりを作り、久美に与えた。
 久美はそれを泣きながら、食べさせられる。
 皆その光景を笑いながら、嘲っていたがその意識は、実際は別方向に向いていた。
 このクラスの、権力者集団の真ん中。
 3年生自体を統括する、悦子の一挙手一投足に、その意識の殆どが向いていたのだ。

 悦子は自分の弁当を食べ終わると、静かに有る少女に目配せをする。
 それは、昨夜一番久美をいじめ抜いた、久美の元親友だった。
 元親友はコクリと頷くと、スリッパを取り出し足に履いて、久美の元に小さなおにぎりを持って進み出る。
「みんな、甘いわね…。これぐらいしないと、これには、堪えないわ…」
 そう言って、久美の前に来た元親友は
「これは、普通のお握りよ…何にも混ぜてないわ…。私が食べさせて上げるから、正座しなさい…」
 久美に静かに告げる。

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