夢魔
MIN:作

■ 第31章 農場12

 小室は悦子の許可を貰うとマスクを取り出しゴーグルを付け、密封していたビニールのジップを少し開き、長めのスポイドをその中にソッと突き刺し、少量の鱗粉を吸い出すと慎重に取り出した。
 小室は抜き取ったスポイドを左手の小指と薬指の間に挟むと、薄く開けたビニールのジップを両手で堅く閉じ、テーブルに載せる。
 小室はスッとローザに近づくと、ローザの口にスポイドの先を差し込み、鱗粉を口の中に送り込む。
 ローザがむせてゴホリと咳き込むと、小室は慌てて後ろに大きく飛び退いた。

 小室は使用したスポイドをビニール袋の中に入れ、硬く口を閉ざし、更にその袋を外側から別のビニール袋で覆い、それも硬く口を結んでもう一度同じ事をして、ようやく安心した様子で、テーブルの上に置いた。
 そこ迄無言で作業していた小室は、遠くからローザの状態をジッと見詰め、鱗粉がローザの付近に拡がっていないのを確認すると、ゴーグルとマスクを外し[ブハァー]と大きな息を吐いて、ハァハァと荒い呼吸をする。
 どうやら、小室はマスクの下で息を止めながら作業していたようだった。
 小室はテーブルに載せたビニール袋を手に取り、慎重に封を確認すると大切そうにポケットにしまい込んだ。
 小室は明らかに、その鱗粉を恐れていたのだ。

 悦子は小室に注意を払いながら
「この暗示って、本人はちゃんと認識するの? そして、それを覚えてるの?」
 小室に向かって質問する。
 小室はコクリと頷いて
「ええ、ちゃんと認識しますし、覚えても居ます。それは、私が体験済みです…」
 悦子に答えて、ブルリと一度大きく震えた。

 小室はどうやら何度か使って、かなり酷い目に遭った経験が有るのだろう。
 それらを推測して、悦子はこの時の小室の行動を理解した。
(こいつ、これ本当はずっと使いたかったんだ…。でも、自分で使って酷い目に遭った…、それで私にさせようとして居るんだ…。これで納得が行ったわ…この狸、もし私に何か有ったら、その時は絶対後悔させてやる…)
 悦子は刺すような視線で小室を見詰め、唇の端をキュッと吊り上げ微笑んだ。
 小室はその悦子の微笑みを見て、ギクリと顔を引き痙らせる。

 その時ローザの身体から、カクンと一斉に力が抜け、死体のように腕だけでぶら下がった。
 それを目の端で捕らえた小室が
「あっ、今です。効果が現れ始めました…」
 悦子に告げると、悦子はローザに向かって歩き始め
「こっちは私がやって於くわ。お前は、久美を仕上げなさい…」
 冷たい声で小室に命じる。
 小室はそんな悦子に抗議しようと、悦子の前に回り込み顔を凍り付かせた。
 ローザを見つめる悦子の微笑みは、[悪魔が居たらこのように笑うのか]と思わせる程、非人間的で邪悪に歪んでいた。

 小室は何も喋る事が出来ずに、そのままベッドの方に向かって走り出す。
 悦子は静かにローザの身体に取り付くと、ローザをその小さな身体で抱え上げる。
 ローザの顔は虚ろな瞳を宙に彷徨わせ、痴呆のように成っていた。
 ローザはそんな中
「い・た・い・の・い・や…。い・た・い・の・い・や…」
 微かに漏れる呼吸に、自分の意志を忍ばせていた。

 悦子はそんなローザの髪の毛を撫でながら
「痛いのはどうして? どうして、痛くなったの?」
 優しく問い掛ける。
 ローザは暫くその言葉に反応しなかったが、悦子が何度も問い返すと
「す・き・だっ・て…た・の・し・い・か・らっ・て…」
 ローザは小さな声で、答えを返した。

 その瞬間穏やかだった悦子の表情が、悪魔の微笑みに変わる。
「違うわ…貴女が言う事を聞かなかったからよ…」
 悦子は悪魔の微笑みのまま、優しくローザに語りかけた。
「い・う・こ・と・を・き・か・な・かっ・た・か・ら…」
 ローザは悦子の言葉に、聞き返すように囁く。
「そう、言う事を聞かない悪い子だから、痛くなったの…」
 悦子はローザに激痛の原因は、不服従だと教え込む。

 ローザは悦子の導く言葉で、その日1日の苦痛や陵辱を思い出さされ、その度に震え、泣き、叫び、怯えた。
 その追体験を悦子は言葉の糸で結び、ローザに暗示を掛けて行く。
 ローザは始めそれを受け入れなかったが
「ほら、また言う事を聞かない…どう? 痛いでしょ…」
 悦子はその度にローザの身体を揺すり、痛みを思い出させる。
 ローザの意識が、不服従と痛みの関係を結びつけると
「この痛みは、貴女の心が作ってるの…。だから、貴女が逆らったり言う事を聞かなかったら、いつでも貴女の身体を走り抜けるのよ…」
 悦子はそう言って、ローザの中に痛みの走るシステムを作り上げた。

 基本的なシステムを作り上げれば、後は簡単だった。
 悦子はその基本システムを使い、ローザに恥辱を感じれば身体の感度が上がり、汚辱を感じれば興奮し、屈辱を感じれば身体が熱くなると、丁寧に擦り込んで行く。
 悦子の言葉をローザが否定すれば、激しい痛みが身体を駆け抜け、受け入れれば蕩ける様な快感が、身体を満たす。
 そして悦子は忘れなかった。
 ローザの高いプライドと強い自我の存在。
 悦子はそれも強める。

 その事により、ローザは恥辱や屈辱に激しく感じながら、自分のその身体と心を呪う。
 自我が壊れるか、肉体を破壊するか、どちらが早いのか悦子には楽しみで仕方がなかった。
 悦子の暗示は子守歌のように、ローザの心に降り積もり、ローザの自我を覆い隠す。
 悦子は悪魔のような微笑みを浮かべながら、何度も何度もローザに繰り返した。
 それは、鋭いカミソリを何度も何度も行き交わし、ジワリジワリとその重さだけで肌に食い込ませ、致命傷を負う迄続けるような、丁寧な陰湿さで続けられる。
 ローザの精神と感覚は悦子の手に依って、丁寧にねじ曲げられ固められた。

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