夢魔
MIN:作

■ 第31章 農場40

 小室の驚く顔を見て、悦子はユックリと話し始める。
「単純な思い込みを利用した、カモフラージュよ…。あいつらを見れば、殆どの者が警官だと思う。警官がこんな時間に彷徨いて居ても、誰も不思議に思わないでしょ? 周辺警戒には持って来いの偽装よ」
 悦子の言葉を聞いて、初めてその有用性に気づいた小室は、それを一瞬で見抜いた悦子の眼力に舌を巻く。
 そしてそれと同時に、薫にちょっかいを出した事がバレて居るのにも気づいた。
 悦子の眉間に寄った縦皺は、悦子が怒っている時の兆候である。
 小室はそれを見つけ、どうやってご機嫌を取るか、頭をフル回転させた。

◆◆◆◆◆

 突如、号泣する息子の声を聞いた父と母は、布団から飛び起き、2人で声のする方に走り出す。
 廊下に出た2人はその泣き声が、娘の部屋から聞こえて来る事に、顔を青ざめさせ飛び込んだ。
 そして父母は目撃する。
 愛娘の変わり果てた裸身を。
 愛娘の奇異な行動を。
 母親はフラリとぐらつき、床に頽れ嗚咽を漏らし始め、父親の顔は怒りで真っ赤に染まり、握り込んだ拳が震えている。

 父母は直ぐに、愛娘を変えた犯人が誰だか理解した。
 一度はその力の前に屈服し、全てに耳も目も口も塞ぐつもりだったが、娘の変わり果てた、この姿を見てそれを貫ける者は居ない。
 父親は娘の部屋から出て行くと、自室に戻り洋服に着替える。
 その後を追って戻ってきた母親に
「久美に洋服を着せなさい。警察に行って来る」
 固い声で父親が告げた。

 久美の父親の判断は一瞬で決まり、もう何者も揺るがす事は出来ない程、固まっていた。
 母親は頷くと、自分の洋服を出しながら、テキパキと着替え
「私も一緒に行くわ。女が居た方が、説明もしやすいでしょ」
 父親に向かって、真剣な表情で告げる。
 2人は目を見合わせて、頷き合うと身なりを整え、娘の部屋に戻った。

 娘の部屋に戻ると、そこに居た筈の長男の姿が無い。
 母親が階下の電気が点いている事に気づき、父親に知らせると、1階からガチャガチャと金属を掻き回す音が聞こえる。
 父親が1階に下りて確認すると、長男は居間に置いてあったゴルフバックから、アイアンを取り出していた。
 目の色を見て危険を感じた父親が、長男に近づくとそれは、突然起きた。
 一瞬で視界を暗闇が襲い、完全に何も見え無くなった。
 そして、空気の動く気配がし、何かが小さく爆ぜる音と供に[うっ]と言う、長男のうめく声、その直ぐ後にドサッと重い物が地面に落ちる音が続き、背後で母親のうめきが聞こえ、同じドサッという音がする。

 それは一瞬だった。
 ほぼ同時にそれだけの事が起き、母親が倒れる瞬間の光景を、父親は目撃する。
 全身黒ずくめの男が、顔に大きなゴーグルを付け、母親の首筋に何かを突きつけ、光が起きた。
 その時うめき声と同時に、母親が崩れ落ちる。
 父親はその男達が、暗視スコープをつけ、スタンガンで襲いかかった事を理解する前に、別の気配を感じた。

 父親は気配を感じた途端、身を強張らせるが、何かが闇の中であっと言う間に父親の首筋に堅い物を当てる。
 それは、[バシッ]と爆ぜる様な音を立てると、父親の身体は崩れ落ちた。
 消えゆく意識の中で、父親はその声を聞く
「直ぐに運び出せ、駐車場で合流したら、例の所に運べ」
 その声に聞き覚えが有ったが、それが誰だったか判断出来るまで、父親の意識は持たなかった。
 ただ、自分達がこれから、二度と日の目を見ない事は、うっすらと感じる。
 手際の良さが、それを物語っていた。

◆◆◆◆◆

 どれだけ経ったか分からないが、父親は車の中で目を覚ます。
 身体はいつの間にか、ガムテープの様な物で拘束され、ぴくりとも動かせない。
 それに気づいた男が顔を向け、父親に話しかけた。
「おや、お目覚めですか? あなた方は、人事異動が決まり、薬剤部門に転勤になりました。これからは、家族3人同じ職場で一生懸命がんばって下さいね…」
 男は丁寧な口調で、久美の父親にそう告げる。
「薬剤部門…? そんな物聞いた事がないぞ…」
 久美の父親が、痺れる口を無理矢理動かし男に問い掛けると
「ええ、まだ極秘です…。いや、公表される事もないでしょ…。何せ非合法ですからね…」
 男はくすくすと笑いながら、久美の父親に告げた。

 久美の父親は、ギリギリと歯を噛み鳴らし
「い、一体お前達は何だ! 何でこんな事をするんだ!」
 男に精一杯の気迫を込め問い掛ける。
 男は[クックックッ]と噛み殺した笑い声を上げ
「見なくても良い物を見、聞かなくても良い事を聞いた…。後は言わなくて良い事を、言われる前に、言えなくする。これは自明の理ですよね? 大丈夫です、そのうち何も考えられ無く成りますよ…」
 男はそう言い、高笑いを始め、進行方向に顔を向ける。
 久美の父親は、その男が電話で勧告してきた男だとやっと気づいた。
 だが、今顔をつきあわせ、話して居たにも関わらず、男の顔がどうしても思い出せなかった。
 男の顔は、それ程何の特徴も無い、普通の顔だったためだ。

 久美の父親が再び意識を失うと
「さて、会長のお気に入りに成った、学生さんは、どんな子かねぇ〜…。私にとってプラスに成るなら、とっとと催眠を掛けて、扱き使いましょう…。ここらで、大きく金を作って、足を洗うのも良いかもしれませんね…」
 ニヤニヤと笑いながら、小声で呟く。
 佐山はまだ、久美がどのような状態か、悦子がどんな人物か全く知らなかった。
 ただ、トラブル処理の為、偶然出てきただけだったのだ。

■つづき

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