夢魔
MIN:作

■ 第32章 崩壊9

 黒沢は朝の騒がしい雰囲気に、職員室から飛び出した。
 騒ぎは、教室棟の方から聞こえて来る。
 黒沢が走り寄り、その騒ぎの元を見つけると、3年生の女性徒が、罪人の格好で8人引き立てられていた。
 それを見た瞬間、黒沢の脳裏に悦子の顔が浮かぶ。
(クソ、昨日の今日でこんな大規模な、冤罪行為をするのか…)
 怒りで目の前が真っ赤に染まったが、8人は口々に自ら罪を認めていた。

 その姿は、欲情こそしているが、何ら不自然な所は無かった。
(操られてる訳でも、強要されている訳でもない。と言う事は、嵌められたか…。これでは、しらを切られたら糾弾など出来無いぞ…)
 黒沢は即座に状況を判断し、最善の次の手を考える。
 黒沢が教室棟の階段を駆け上がると、3年B組の前で1人の女性徒が、3人の女性徒に押さえ込まれていた。
「放して! 放しなさい! あの子達は、嵌められたのよ!」
 押さえ込まれている女性徒は、半狂乱になり必死に引き留める者達を、振り解こうとしている。
「委員長、駄目です! 今行っても完全に手遅れです! もう彼女達は、罪を認めて居るんです!」
 副委員長と覚しき、1人の女性徒が必死になって、委員長を押さえて説得していた。

 黒沢はそんな一団に近付くと、真ん中に居た委員長の首筋に、スッと手を伸ばし、トンと軽く打ち付ける。
 途端に3年B組の委員長は、意識を頭の外に弾き出され、クタッと人形のように力を無くす。
 突然の事に驚いた、3人の押さえ込んでいた女性徒が、顔を上げると
「今は興奮している。非常手段を取ったが、これ以外手は無かった」
 女性徒達に低く渋い声で告げると、昏倒している委員長を横抱きに持ち上げ、今来た経路を戻る。
 黒沢のあまりに見事な手際に、惚けていた3人が、我に返って直ぐに後を追う。

 黒沢は3年B組の委員長を保健室に運び込むと、直ぐに昏倒から目覚めさせる。
「うっ、ううう…。こ、ここは…。あっ、く、黒沢先生! ここは…。保健室…。私どうしたんですか? ああっ、そうよ、あの子達! あの子達を助けなきゃ!」
 委員長は黒沢を認め、自分の居場所を認識し、そしてその使命を思い出す。
 だが、その委員長の身体を、黒沢が抱き留め
「もう、手遅れだ…」
 低く渋い声で、断定し委員長を止めた。

 黒沢の腕の中で、その声を聞いた3年B組の委員長は、込み上げる悔しさにボロボロと涙を流し
「黒沢先生〜…。私…、私悔しい〜! 委員長なのに…みんなを守らなきゃいけないのに…、何にも出来無い…」
 自分の胸中を、黒沢に訴えた。
「お前は、良い委員長だな…。うん、良いリーダーだ…。みんなの為に必死に成れ、みんなの為に悔し涙を流せる。それは、お前がみんなを本気で、引っ張って行こうとする心が有るからだ…」
 黒沢は委員長の身体をソッと抱き、頭をユックリ撫でながら、低く優しい声で囁くように告げた。
 黒沢の言葉を聞いた、委員長は黒沢の分厚い胸板に顔を埋め、引き締まった腰に腕を巻き付け、力の限りしがみ付いて、声の限り黒沢の名前を呼びながら号泣した。
「ふぇ〜〜〜〜ん! 黒沢先生〜〜〜っ! 黒沢先生、黒沢先生〜〜〜っ、ふぇ〜〜〜〜ん…」
 黒沢はそんな少女が泣き止むまで、優しく肩を抱き、頭を撫でながら待った。

 その光景をソッと保健室の扉を開け、3人の女性徒が覗き込む。
 委員長を心配し、後を追い掛けて来た、副委員長2人と管理奴隷の女性徒だった。
「うわぁ〜〜〜…あれ、良い…。羨ましい〜〜。黒沢先生、本気で格好いいわ…。私、サディストだって言われてるけど、あの先生なら、奴隷でも全然構わない…」
 第1副委員長が、黒沢に抱きつく委員長を見て、心の底から感じた事を呟く。
「私無理…あの黒沢先生によ…。あんな事言われて、あんな風に撫でられる何て…おそれ多くて、正気じゃ居られないわ…。でも、委員長のあんな姿を、引き出せるなんて、流石黒沢先生よね…」
 第2副委員長が、ブルリと震えて呟くと
「あの〜…あの〜…。委員長様が〜、黒沢先生の奴隷に成ったら〜…私も黒沢先生の持ち物ですよねぇ〜…。そしたら〜、えっ、もしかして…。黒沢先生に…飼って貰える…? 行け! 委員長様! そこで、押し倒されてしまえ〜!」
 管理奴隷が、漁夫の利を考え、自分の主人を一瞬で売る。

 管理奴隷の変わり身を聞き、ポカポカと両副委員長が頭を打つと、委員長が泣き止み掛ける。
 すると、スッと黒沢の手が上がり、扉に向かって手招きをした。
 覗いている事がバレて居る事に気づいた3人は、軽いパニックを起こす。
「う、嘘! 先生からここ見えるはず無いのに!」
「あわわわ、どうしよう。呼ばれちゃったよ〜」
「は、早く行かないと、失礼ですよ〜!」
 3人は口々に言いながら、慌てて保険室内に入って行く。

 委員長は黒沢の身体から腕を放し、自分の胸の前で自然に折り曲げ、指先で頬に伝う涙を拭おうとする。
 その顎の下に、黒沢がスッと手を差し込み、顔を上げさせると、委員長の目を覗き込む。
 無言で見詰められた委員長は、それだけで身体が動かなくなり、黒沢は顎に当てた手から、親指で委員長の涙を優しく拭う。
 委員長の頬が、スッと赤く染まると
「落ち着いたか?」
 静かに、深みのある声で黒沢が問い掛け、コクンと委員長が大きく頷き
「はい。有り難う御座います」
 穏やかな力の有る声で、黒沢に感謝をつげた。

 黒沢は大きく頷くと、保険医の椅子に腰を掛け、女性徒達に視線を向ける。
「良いか、良く聞いてくれ。これからも、恐らく風紀委員の暴挙は続くだろう。だが、現状それを誰も止められ無い。いよいよと成れば、強硬手段も取らなければ成らないが、今はその時では無い。ここは、雌伏の時と理解して、自分の身を第1優先にしてくれ。特に委員長…君は、その性情から直情行動を取り易い。君が罰せられ、抜けられるのは、我々の勢力的にもかなりの痛手を被る。だから、何か相談事が有ったら、2年の工藤を訪ねろ。私の方からも彼に言って置く」
 黒沢が現状を説明し、次の手が有るが、段階的に好ましくない事を告げ、特に委員長の暴走を止めた。

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