夢魔
MIN:作
■ 第32章 崩壊10
黒沢にここまで言われれば、誰もその言葉に反抗など出来ない。
黒沢は学校内で、実力、人気、供に不動の評価を、生徒達から受けていた。
それは、現在敵対勢力に成った、風紀委員会の中にも浸透している。
黒沢が4人の生徒を保健室から送り出し、再び保険医の椅子に座ると
「盗み聞きは、余り感心しませんよ…」
笑いを含んだ渋い声で、呟くように告げる。
すると、保健室のベッドのカーテンが、シャッと開き
「別に盗み聞きした訳じゃないわよ。ここは、元々私のテリトリー…。闖入者は貴方達でしょ…」
キサラがベッドから出て来た。
黒沢はニヤリと笑い
「確かにその通りですな…」
キサラにそう告げると
「全く、狸ね…。私が居る事知ってて、今の話したでしょ…。わーったわ、私の知ってる事、教えて上げる。これ以上、素敵な芽を潰されたく無いしね…」
諦めたように、肩を竦め黒沢に話し始める。
キサラは黒沢にコーヒーを差しだし、ユックリと口を開く。
「悦子は私が、狂ちゃんに言って無理矢理引き取ったの。あの子の、状態にかなり興味を持ったからね…。あの子のあの姿、どう見てもおかしいでしょ? 高3なのに、体型は良いとこ小学校の高学年…。あれね、病気なのよ…。今では、[成長ホルモン分泌不全性低身長症]って言うらしいんだけどね、私の時には[下垂体性小人症]って言われてた…」
キサラは、ベッドの金具に腰を預け、思い出すように話し始めた。
成長ホルモン分泌不全性低身長症とは、脳の下垂体にある前葉から出る、成長ホルモンの分泌が低下するために成長障害をおこす疾患で、他の前葉ホルモンの分泌低下を伴うこともある病気である。
後天性で頭蓋咽頭腫などの原因によるものが1/3程あるが、殆どが特発性であり、原因不明であった。
昨今では、周産期異常を有する場合で下垂体の切断、下垂体低形成、異所性後葉がMRI検査で見られるようになり発見も出来るように成ったが、余り知られていないのが現状である。
キサラはその病気の説明を黒沢にすると
「私の場合はね、この道に入って、自己を確立出来て、それで快方に向かったの。だから、今は160p迄身長も伸びたし、身体もこの通り発育したわ。悦子も…治して上げたかったの…」
自分の経験を語り、悦子に対する思い入れも告白した。
「それなのに、あの子は…。私の言いつけも守らず、人の人生をメチャクチャにするような真似をして…」
キサラが唇を噛んで、悦子の愚痴を言い出すと、黒沢が右手を挙げて、キサラの言葉を遮り
「ちょっと待ってくれ…。その話、工藤君にはしたのか?」
鋭い視線を向けて、キサラに問い掛ける。
キサラは驚いた表情で、黒沢を見詰め
「何で、あの子に私の過去の秘密暴露する必要が有るのよ…。また弱み握られちゃうじゃない…」
眉を顰めながら、ブツブツと呟く。
「いや、あんたの話じゃない。中山悦子の話だ。今、この学校には、化け物に近いその道のプロが居るんだぞ。[気]を操り、人のバランスを整える源さん。脳性理学、脳科学、精神病理に関しては、世界トップレベルの柳井君。情報の収集、分析に掛けては、ウイザードクラスのハッカー工藤君。この3人に掛かれば、ホルモン異常の病気など、完治可能じゃないのか?」
黒沢が、キサラに対して告げると、キサラはその事に、初めて気が付いたような顔をして
「あ、あ、そ、そう言われれば…そうね…。どうして気づかなかったのかしら…」
ボソボソと口ごもる。
黒沢は、キサラの話に、何故か光明を感じ
「その病気は、情緒不安定や、精神分裂の症状は有るのか?」
キサラに詰め寄り、問い掛けると
「う、う〜ん…。顕著な例は聞かないけど、ホルモンバランスが崩れる病気だから、情緒は不安定よね…。でも、その病気が発症して、そうなるんだから、今は無いと思うわよ…」
キサラが記憶を呼び起こし、症状を告げると黒沢の言葉を否定した。
だが、黒沢は悦子の状態が気になって仕方がなかった。
悦子の行動と思考パターンが、見るたびにコロコロと変わっているのだ。
黒沢は拷問のエキスパートで、その状態の変化を熟知している。
それは、人を洗脳をする段階で良く見られた。
自己の葛藤と洗脳者の命令が、あたかも水面上でプカプカと浮き沈むブイのように、切り替わるのだ。
(何かが介入している。この学校に我々と理事長…それ以外の何かの意志…。それが、感じられて仕方が無い…)
黒沢の感覚に、敏感に感じられる意志。
それは、戦場で生死の境を彷徨い、生き抜いた黒沢ならではの、[嗅覚]のような物だった。
そして、戦場を生き抜いた黒沢の鼻は、確実にその影の匂いを感じていた。
黒沢は、キサラに出されたコーヒーをクッと煽ると、机にカップを置き
「これで失礼する。まだ何かパーツが足りない…」
そう言って、椅子から立ち上がると、保健室を出て行こうとする。
保健室の扉の前で、クルリとキサラに向き直り
「私は、コーヒーよりも紅茶の方が好きだ、覚えておいて下さい。貴女の味覚は信頼します、長い付き合いに成りそうなんで、教えておきますよ」
ニヤリと微笑んで、扉を潜った。
キサラは呆気に取られて
「ホント、英国野郎は、キザが多いわね…、やんなちゃう…。女の扱いが上手いわ…」
溜め息を吐いて肩を竦める。
黒沢は保健室を出ると、その表情を一気に引き締め、携帯を取り出す。
黒沢は昔の知人に依頼され[守護者]を演じていたが、自分自身が渦中の中心人物と成った事で、その束縛を外す決心をした。
携帯電話にコール音が響き、相手と通話状態になると
「俺は、降りる。報酬は、反故にしてくれて良い、違約の補填として、ターゲットの保護は、優先事項として維持するが、傍観者には徹せ無い! 悪いがそう言う事だ」
黒沢は、通話相手に一方的に話すと、携帯電話を切った。
黒沢が携帯電話を切ると、直ぐに黒沢の携帯電話が、また鳴る。
黒沢が舌打ちをしながら、携帯電話を繋ぐと
『おいおい、こっちの話を聞けよ…。君のその申し出は、上司からの想定内だ、何ら問題ない。バックアップも、必要と有れば申し出てくれ。ただし、何が有ってもターゲットの保護が最優先だ。これは、公式書類にも載る案件だという事を忘れないでくれ。ターゲットは、我々の最重要資産だ。それが、ロストすると我々も、然るべき処置を行う必要が有る。…脅すような言い方で悪いが、こっちもそれだけ必死なんだ。より良い関係が維持出来る事を期待しているよ』
今度は相手が一方的に話し、通話を切った。
黒沢は携帯電話を見詰め、この相手にそこまで言わせるターゲットが、実際は何者なのか気に成ったが、今は不要と頭の中から弾き出した。
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