夢魔
MIN:作

■ 第32章 崩壊20

 時刻は5時50分。
 狂は約束の時間前に、高級カラオケボックスに座っていた。
 用務員の仕事を終えた真と、[試験]を終えた黒沢が次々に現れて座る。
 3人は何も話さず、只重い空気が流れて居た。
「あら、みんな早かったのね…」
 そう言いながら、合流すると椅子にふわりと優雅に腰掛け、足を組む。
 だが、キサラのその優雅な行動は、自分の内心の焦燥を押さえつける為のキサラの癖だった。

 カラオケボックス内で、重苦しい空気が流れる中、時計の針が6時を指す。
 入り口に一斉に視線を向けたが、人影はない。
[ふぅ〜]と溜め息を吐くと、壁面から[カチャリ]と音がし、壁が開いた。
 その開いた壁から、黒い革製のライダースーツを着た者が入って来る。
 黒のフルフェイスヘルメットを取った、下の顔は驚く程端正だった。
「ふぅ〜…少し遅れました…。申し訳ありません」
 稔は乱れた髪の毛を、頭を振って直しながら、バッグを片手にテーブルに着く。

 稔はテーブルの上に、様々な住宅地図や、個人ファイルを拡げる。
「こちらが、調査結果です。竹内に囚われ、奴隷とされている方と監視されている方の個人リスト、それと住まい。その周辺を固める、警備状況、連絡網です。こちらは、ハッキリ言って、もう片が付いています。僕が連絡を入れれば、全員が30分以内に別の安全な場所へ移動が可能です」
 稔はそう言うと50人分のリストを脇に追いやった。
「問題は、こちらです。現在竹内邸で使役されている、メイド達の脱出方法です」
 稔が話を始めると
「そっちは、後で煮詰める。稔、今は分院が先だ。弥生が、やばい」
 狂が静かに告げると、真の身体がビクリと震え、顔がドンドン強張って行く。

 稔が真の表情を見て、その状況の急迫さに気づく。
「どう言う事ですか…。あそこは、まだ安全の筈じゃ…」
 稔が問い掛けると
「どうやら、誰か増えたみたいだ…。弥生に筋弛緩剤が投与されてるらしい…」
 狂がボツリと呟く。
「筋弛緩剤? そんな劇薬、おいそれと手に入りませんよ…」
 稔が問い掛けると
「だから、増えたんだ。それを動かせる奴がな…。単純に考えろ、この市内で、そう言う物を扱える場所で、人の動きが有ったのは…一体どこだ…」
 狂が稔に問い掛けた。
「そうですか、総合病院ですね…。と言う事は…」
 稔が直ぐにそれに気づき、1人の医師の名前を思い浮かべる。

 狂は大きく頷き
「ああ、先ず間違い無いだろ…。そして、俺の読みじゃ、金田のおっさんの失踪にも絡んでる…」
 自分の推測を稔に告げた。
「満夫の…。なら、僕が挨拶に行くべきですね…」
 稔の顔から表情がスッと消える。
「ああ、好きにして来い…。手足の2・3本無くても良いが、出来れば、生きたまま連れて来て欲しい…。俺が責任持って、一生を送らせてやる」
 狂の目が、刺すような物に変わった。
「解りました。それじゃ、今夜にでもお招きしましょう…」
 稔がボソリと告げると
「いや、こいつのスケジュールを調べたが、今夜はまずい。明日の夜にずっと人と居る事に成ってんだ。竹内の爺と学校のパーティーに参加するから、今日消えると妙な動きが起きる可能性がある」
 狂は稔に状況を説明する。

 稔が頷くと、狂はバサリと図面を拡げ
「これが、分院の現在の状況だ。周りに壁を作って、囲い込んでるが、これはこっちにとっても好都合。周囲から隔離してくれたお陰で、俺達も思いきった行動が取れる。鍵の1つは執事長の佐山が部屋のキーボックスで管理している。もう1つが恐らく、現医院長の柏木だ。このどちらかから鍵を奪わない限り、この分院には入れない」
 説明を始めると
「セムテックで扉を破壊するのはどうだろう?」
 黒沢が狂に問い掛ける。
「あ〜ん…カフ使って、指向性を増しても多分、ヒンジが曲がるだけだ。扉を使え無くするのが関の山だ…。ガラスに当てても。高密度の多重ガラスだから、奥まで届く事は先ず期待出来ねぇ…。それに、衝撃を受けた瞬間0.2秒で、厚さ5oの鋼製シャッターが下りる仕組みだ…。全く、庵が趣味で考えた物、全部入れるからこんな事に成るんだよ…」
 狂は嫌気が差したような顔で、分院の図面に鉛筆を放り投げた。

 その鉛筆を稔が拾い上げ
「嘆いていても、現状は変わりません。僕が、竹内邸に忍び込んで、鍵を奪って来るというのはどうでしょうか?」
 稔が問い掛けると
「馬鹿…庵じゃ有るまいし、お前に忍び込める訳無いだろ。あいつが入って、監視カメラの設置諦めたの、お前だって知ってんだろ…。あいつが出来無い事を、俺等が出来る訳がねぇ…」
 狂が全面否定すると
「私が忍び込むと言うのは、どうだろうか?」
 黒沢が再び言葉を挟むと
「黒沢先生…。もし、先生がよNSAのレベル3迄来て、誰にも気づかれずに俺の背中を叩けるんだったら、俺も頼んますよ…。竹内のおっさん、自分のやってる事十分理解してっから、警備の維持に億の金使ってんだ…」
 狂は黒沢に真剣な表情で答えた。
 黒沢は狂の言葉を聞いて、呆気に取られる。

 全員が溜め息を吐くと、キサラがボソリと呟く。
「後は、あの西を引き込むぐらいしか無いわね…」
 キサラの言葉に、全員が注目すると
「あいつが、いつも分院から、薬を配送してるの…。だから、分院には、出入りするのは可能よ…。ただ、あいつがこちらに付くかどうかは、疑問ね…」
 キサラは薬物の補給経路を知らせる。
 狂は暫く黙り込むと
「あいつを動かすには…金か…。500も積んでみるか…」
 ボソリと呟く。
「それだけ積めば、コロリと行くかもね…」
 キサラがボソボソと答えると
「危険だが、それしか手は無ぇな…」
 狂が結論を呟いた。
 かなり不安の残る、方法だったが、早急に救出するには、これしか方法がなかった。

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