夢魔
MIN:作

■ 第32章 崩壊24

 薫はビクリと驚き、携帯電話を取り出すと
『私よ、キサラ…。今から、悦子を診察するらしいけど、行く?』
 キサラが薫に問い掛けた。
 薫はキサラに返事を返す前に動き始め、管理棟側の扉に向かい
「勿論、行きますわ」
 ハッキリと答える。
 携帯電話を片づけた時には、階段室に入り1階に向かう。

 薫が管理棟を玄関側に抜けると、正面玄関に黒いワンボックスが止まっており、それにキサラが乗り込むのが見えた。
 薫も素早く車に近付くと、後部スライド扉を開け中に入る。
 後部シートには、悦子が人形のように力無く眠っていた。
 扉を閉じると、運転席に座った、先程の影が
「行きます」
 短く告げて、ワンボックスが走り始める。
 薫がキサラに電話をしてから、ここまでの時間。
 実質5分程の出来事だった。

 稔の運転する車は、港の方面に進路を進め、一棟の倉庫に入る。
 その倉庫の中には、コンテナがうずたかく積まれ、中はかなり暗い。
 その真ん中程に、20m四方の空間が有り、その中央に猛獣用の檻が置いてある。
 檻の中には、パイプ椅子が1つ固定され、その上に悦子は座らされた。
 稔が心配そうに見詰める薫と、興味深そうに見詰めるキサラに
「良いですか、この線から先に、絶対出ないで下さい。それと、どんな事が有っても、声を出さないで下さい」
 注意事項を与えて、準備を始める。

 悦子に気付け薬を嗅がせると、稔は檻から出て鍵をし、キサラ達の斜め前に陣取る。
 手には何かのスイッチを持ち、ジッと悦子を見詰めていた。
 意識が覚醒し初めると、悦子は軽く首を左右に振り、正面を見る。
 悦子の顔が正面を向いた時、稔が手に持ったスイッチを入れた。
 その瞬間、キサラと薫の背後から、物凄い光量のライトが、悦子に降り注ぐ。

 悦子は一瞬で目の前が、チカチカと眩み、眼を細める。
「こんばんは…。中山悦子さん…」
 稔は低く響く声で、悦子に話しかけた。
 悦子は目を薄く開き、まばゆい光の中、自分の状況を確認する間も無く、稔に問い掛ける。
「誰、貴方は何者? 何の目的で、こんな事…」
 悦子の問い掛けに稔は答えず。
「どうしてこんな事になったと思う…」
 逆に悦子に問い掛ける。

 悦子は怪訝な表情を浮かべ
「別に、こんな目に逢う覚えはないわ。言われた事を言われたように、やっただけよ…」
 光の中の稔に答えると
「誰もそんな指示は出していない…」
 稔は悦子に低く響く声で、静かに告げる。
「そ、そんな事はないわ、私は理事長に言われて、アレを作ったのよ!」
 悦子が稔に怒鳴ると、稔は同じ声で
「理事長は命じて居ない。良く思い出すんだ…」
 悦子に問い直した。

 悦子は稔の問い直しに、キュッと眉を跳ね上げ
「いいえ、確かに理事長! 理事長に…言われて…」
 声を荒げて食って掛かるが、確かに思い返せば、理事長に言われる前に、久美を作って居た。
 その事に気が付いた悦子は、戸惑いを浮かべる。
「誰に言われた…」
 稔の声は、悦子に更に降り注ぐ。
「誰…、誰に…。そう、私は…言われたのよ…。[好きな物を作りなさい]って…[思う物を作りなさい]って…」
 悦子の呟きに、稔の声が再び静かに降り注ぐ。
「誰に言われた…」
 稔の同じ質問は、悦子の心を揺さぶる。

 何度目かの質問の後、悦子は自分の身体を抱きしめ、ガタガタと振るえ始めると
「言われたの…私…。言われたのよ…。好きにして良いの…好きに作って良いの…」
 ブツブツと呟いた。
「誰に言われた…」
 稔の声が、同じ音圧、同じ音程、同じリズムで、悦子に問い掛けると
「いや〜〜〜〜っ! 言われたの! 言われたの! 言われたの〜〜〜〜!」
 悦子は耳を塞いで、頭を激しく振る。
 悦子は狂ったように、頭を振り身体を捻って、稔の声が聞こえ続けているかのように、暴れまくった

 悦子が十数分暴れて、口から涎を流しながら、[ゼーゼー]と荒い呼吸を始めると
「いつ言われた…、それが判らなければ、その声は決して消えない…。目を閉じて思い出せ…」
 稔が悦子に声を掛ける。
 悦子は稔の指示に従って、硬く目を閉じると、必死に思い出そうとした。
 稔は悦子の瞼の下で動く、眼球の動きや、頬の緊張、顔の表情から判断し
「違う、そっちじゃない。もっと、前だ。そう、もっと以前…」
 悦子の記憶野に浮かぶ情景を誘導する。
 浮かぶ物が薄れ、記憶が曖昧になると
「落ち着くんだ、息を整え、ユックリと探せ、そうそこの近くだ、もっと深く…」
 悦子を落ち着けさせ、記憶を鮮明にし、核心に近付く。

 すると、悦子の表情に、今迄に無い表情が浮かび上がる。
 それは[恐怖]だった。
「それだ…。良いかい…僕が、3つ数えると、身体の力がスッと抜けて、その中に入れる…。そして、無くした物を探してくるんです。貴女が無くした、昔の記憶…、過去の出来事…。良いですか、1…、2…、3…」
 稔の指がパチンと鳴ると、悦子の身体からスッと力が抜ける。
 そして悦子は全てを語る。
 泣き、震えながら、少女の頃に起きた、悲惨な出来事を稔に語った。
 稔は悦子に、更に深く暗示を掛け、後催眠のキーワードを引き出すと、悦子の後催眠を全て解放する。
 その上で悦子に過去を追体験させ、トラウマを軽くして行った。
 悦子の治療が5時間を掛け完了し、稔が悦子を目覚めさせる。

 目を開いた悦子は、全てを知り、全てを理解し、全てを受け止めていた。
 稔の顔を見た悦子は、自分を救ってくれた声の主を直ぐに理解し、ボロボロと泣き始め
「私…私…とんでもない事を…。取り返しの付かない事を…」
 稔に縋り付いて泣いた。
 薫も悦子の過去の体験を知り、大粒の涙を流している。
 キサラも、キュッと唇を引き絞り、本当に怒りを向ける人間を知った。
「まさか、あの事件に彼が拘わっていたとは…。僕は、心の底から人を壊したいと初めて思いました」
 氷のような声で、誰とは無しに告げた。
 あの事件とは、自分の奴隷の美香も苦しめられた、[連続少女誘拐事件]の事だった。

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