夢魔
MIN:作

■ 第32章 崩壊42

 ショートカットのメイドは、狐に摘まれたような顔で、庵を見つめ
「そんな…。どうして…、どうして当たってないの…」
 ボソリと呟くと
「1対1では、俺に銃は当たらん…。100%避けるからな…」
 庵は静かに答えて、メイドの身体を摘み上げ、片手で投げ捨てた。
 ショートカットのメイドは、床をゴロゴロと3m程転がり、仰向けで止まる。
 庵はそんなメイドを無視して、沙希に手を伸ばし
「沙希…。俺だ…、迎えに来たぞ」
 優しい声で囁きかける。

 その庵の顔が、ギクリと引きつり、スッと表情が消えた。
「誰がした…。沙希に何をした…」
 庵は沙希を抱えたまま、静かに低い声で問い掛ける。
 だが、その声は凶暴な獣が喉を鳴らして、相手を屠る時に出す声そのままだった。
 ショートカットのメイドはその声を聞き、ガクガクと身体中が震え始め、止める事が出来ない。
(こ、怖い…怖い…。屋敷の番犬なんか比べものに成らない…。食べられちゃう…、殺されちゃう…)
 ショートカットのメイドは、完全に死を意識し、自分の身体が引き裂かれる光景を思い浮かべる。
 それ程の圧力が、庵の言葉に含まれていた。

 庵の身体がゆっくりと立ち上がり始めると、死すら決意していたメイドは、余りの恐怖感に腰が抜け、手足をばたつかせて、後ずさろうとする。
 メイドは自分の洋服が、失禁でビショビショに成っている事も気づかず、藻掻き続けた。
 庵が中腰ぐらいに成った時、突然沙希の発作が始まる。
「いや…、いや〜…、いやよ…、やめて…やめて〜…、庵さま…いや〜〜〜っ!」
 沙希はブツブツと呟き、髪を振り乱して半狂乱に成る。
 庵は沙希の半狂乱に目を剥き
「これは、いつからだ!」
 背後に居るショートカットのメイドに、鋭い有無を言わせぬ声で問い掛けた。

 ショートカットのメイドは、その声でヒッと息を呑み
「い、一ヶ月半くらい前からよ…。この家に運び込まれた時は、もうこの状態だったわ! 貴方がやったんでしょ!」
 震える声で庵に食って掛かる。
(何だと…、それじゃ、沙希はあの事件から、ずっと心の闇を彷徨ってたのか…)
 庵は愕然として沙希を見つめた。
 沙希は激しく頭を振りながら、庵の身体に爪を立て、噛み付こうとする。
 それは、狂った者が暴れているようにしか見えない。
 しかし、庵はそれに直ぐ気が付いた。

 庵は背中のバッグをおろすと、革つなぎのジッパーを下ろし、上半身を捲ると、Tシャツも脱いで裸身を晒す。
 分厚い筋肉に覆われた上半身を晒すと、沙希の頭を左肩に当て、肩の僧坊筋を沙希の口に与えた。
 沙希の歯が、庵の筋肉にめり込む。
 そして、庵は沙希の両手を自分の背中に回させ、爪を好きなだけ立てさせる。
 庵は沙希の身体を固く抱きしめると
「沙希、俺だ! 俺はここに居る。お前を抱きしめて居るのは、俺だ! 沙希、解るか!」
 低く響く声で沙希に問い掛けた。

 その時沙希の身体がビクリと震え、背中に立てていた爪が、ピタリと止まり、肩口を噛んだ口がその弾力を確かめる。
 沙希の狂態は、庵を探す行動だった。
 庵は沙希の肩に噛み付くと、グッと顎に力を込め、軽く左右に振り
「解るか? 俺だ! 庵だ!」
 沙希の肩を噛んだまま、沙希に告げた。
 沙希の身体がビクリと再び震え、ゆっくりと庵の肩から顔を上げ、背中に回した手がスローモーションのように顎の下に移動する。
 沙希は遠くを見るような目で、フルフルと首を左右に振り
「だめなの…、沙希…庵さまを…こわしちゃったの…だから…だめなの…」
 震える声で、ブツブツと呟く。

 ブツブツと呟く沙希を庵は両手で、顔を挟んで正面から見つめ
「俺は、壊れねぇ! それに、俺はお前に言わなかったか? 俺はお前に殺されるなら、それでも本望だって! お前に言わなかったか!」
 力強い声で沙希に問い掛ける。
 沙希の拡散した瞳孔が、徐々に絞り込まれ、また広がるを繰り返す。
(あっ、この瞳孔の動き方は…。確か稔さんに以前聞いたぞ…、だが、この後どうするんだっけ…)
 沙希の自我が戻り掛けているのに気づいた庵だが、うろ覚えのため、この後どうすれば良いか解らなかった。
「だめ…、だめなの…、沙希…、おじさまの…、いうこと…、きかなくちゃ…、庵さま…、いなくなちゃうの…、沙希…、おじさま…、庵さま…、いやなの…、こわいの…」
 沙希の自我は、佐山の掛けた暗示で、出口を見失い、また沈み掛ける。

 庵はその時沙希の呟き[おじさまの…、いうこと…、きかなくちゃ…]を聞き、カッと成った。
 庵の手がビシッ、バシッと沙希の頬を往復し、ビンタすると
「お前が言う事を聞くのは、俺だけだ! お前は、生涯俺だけの肉だ!」
 鋭い声で沙希に告げて、沙希の肩口を本気で噛んだ。
 沙希は堅く眼を閉じ、身体がビクビクと震え、天を仰ぐ。
 その閉じた眼からツゥーと涙が一筋流れ、痙攣のような震えに変わりながら、沙希の唇が少し開き、喉の奥から歓喜の声が漏れる。
「あ、あぁ〜〜〜…、庵さま…、庵様…、庵様〜…あっ、あっ、ああ〜〜〜っ」
 沙希の声は次第に、力強く意志を取り戻し、沙希の手が庵の身体に巻き付く。

 その反応に、庵は沙希を強く抱きしめ、顔を上げると唇を重ね
「お前は、俺の餌だ。俺の物だ。そう約束しただろ…。戻って来い、沙希! 俺の胸に戻って来い! 愛してるんだ沙希! 俺は、お前が居ないと駄目なんだ!」
 庵はその熱い思いを、沙希の口の中にぶちまけた。
 沙希の固く閉じていた瞼が、大きく開かれ、沙希の瞳が庵を捉える。
 その瞳には、強い意志が宿り、歓喜に震えて居た。
 庵はその瞳を真正面から見つめ、ニッコリと微笑み、唇を重ねたまま
「ただいま…」
 沙希に呟くと
「お帰りなさいませ…」
 沙希は頬を染めながら、庵に囁いた。

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