夢魔
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■ 第32章 崩壊46

 響子は、その手際の早さを見て呆然とし、鍵の完成度の高さに驚く。
「こんなモンだな…」
 呟いた庵が、鍵をキーボックスに戻すと、それがオリジナルと、どこが違うのか全く解らなかった。
 響子が呆気に取られて見守る中、キーボックスを閉じると、庵は響子に振り返り
「響子、お前は普段から、話す事は可能なのか?」
 庵が渋い声で問い掛けると
「は、はい。今は私が、沙希様専属と成っております。少しの変化でも直ぐにお知らせする為に、常に首輪を頂いていますので、普段から話す事は可能です」
 響子は庵に説明をする。

 庵はコクリと頷くと、ポケットから1本のボールペンを取り出し、響子に示すと
「これは、通信機だ。この部分を捻ると、ノッカーごと外れる」
 そう言うとフックの直ぐ上の底部を、庵が捻ると簡単に外れた。
「この、ノッカー部分は骨伝道マイクに成っている。これを耳に差し込んでみろ」
 庵は説明しながら、響子にノッカー部分を差し出すと、響子はそれを受け取り言われた通りに、耳に差し込んだ。
「この、フックを3秒間押し続けると、無線機のスイッチが入り、ここのペン軸のグリップがマイクだ。だが、これも普通のマイクじゃない。伝道マイクだから、話すのは喉の奥で囁く程度で良い。今はチェックモードにしているから、直にイヤホンに繋がっている。グリップを喉に当てて、何か呟いてみろ」
 響子は庵に言われた通り、柔らかいジェルのような感触のグリップを喉に当て囁いてみた。
「これで良いですか?」
 その自分の声が、大音量で自分の頭蓋に響き、響子は驚く。

 庵は頷くと
「今のでもかなり頭に響いた筈だ、それだけの感度は持たせてる。これは通信電話回線を使用しているから、携帯電話が繋がる所なら、どこにいても繋がる。受信すると、ペン軸が振動して教える。これを使って、緊急時は連絡を呉れ。俺の方からも、何か有れば連絡する。出来るか?」
 響子に真剣な表情で問い掛けると、響子はフルフルと震え
「は、はい! 出来ます。やらせて下さい!」
 庵に答えた。
 庵はコクリと頷くと
「俺に向けて、拳銃を撃つお前の気概を俺は信じる。お前は、それ程沙希を案じていると言う事もだ。だからこそ、頼むんだ…。何か有ったら、20分隠れるなりして時間を作って、踏ん張ってくれ。俺は、必ず駆けつける」
 響子に確約する。

 響子の震えは大きく成り、ボロボロと涙がこぼれた。
「は、はい…、はい…。か、必ず、ご期待に添えます…。この命を掛けて、必ず…」
 響子が庵に誓うと、庵は響子の頭に、ポンと手を置き、ガシガシと撫でると
「ここに居る間の沙希の命を、お前に預ける。俺の我が儘を聞いてくれ」
 ニヤリと野獣の微笑みで、響子に依頼した。
 その微笑みを見た響子は、全身雷に打たれたような衝撃を受け、胸が苦しくなり、動悸が速まる。
 顔が紅潮し膝がガクガクと揺れ、腰の位置が定まらない。
「は…、は…ひ…」
 響子の口から、掠れた声が漏れ、庵の顔を凝視しながら、コクリと小さく頷くのが、響子にはやっとだった。

 庵は手早く全ての荷物を片づけ腕時計に一瞥をくれる。
 時刻は20:30、ここ迄実質40分程しか経って居ない。
 庵は片手を上げると、響子に背中を向けて
「じゃあ、俺は行く…」
 静かに告げて、佐山の部屋を音も無く出て行くと、響子はペタンと床に座り込み
「あ、あれが…沙希様の…ご主人様…。庵様…」
 ボソボソと呟きながら、ウットリとした眼で、庵の消えた扉を見詰めた。
 響子は自分の股間から、濃厚な愛液を滴らせ、庵の獣性に飲み込まれる。
 庵の存在は、被虐願望の強い響子には、理想を越えた雄だった。
 それが、響子に信頼を寄せ[頼む]と預けたのは、自分の最愛の主人[沙希]の全てだった。
 響子は感動にも似た衝撃で心を満たされ、この上ない至福を感じ呆ける。

 暫くして自分を取り戻した響子は、急いで佐山の部屋を後にすると、地下の沙希の部屋に戻った。
「あっ、響子さんお帰り〜。庵様、用は済んだ?」
 沙希が響子に向かって問い掛けると、響子はまっしぐらに沙希の元に向かい
「沙希様…、あ、あのお方は、本当に高校生なんですか?」
 沙希に縋り付いて問い掛ける。
 その顔は、少女のように恥じらいに染まり、戸惑いと興奮が同量に混ざり合っていた。

 沙希は突然の響子の質問に驚くと、直ぐに理解して
「凄いでしょ〜、私のご主人様…。そう、あの方はあれで、16歳。私と同じ高校生よ。有り得ない迫力、有り得ない雰囲気、有り得ない圧力、そう、それが庵様なの」
 沙希は自分の事のように、嬉しそうに響子に告げると、響子は何度もコクコクと頷く。
 そんな響子を見て、沙希がある事に気付き
「あれ〜? 響子ちゃ〜ん…。庵様に、何か良い事して貰った〜? 顔に書いてるわよ〜」
 沙希が意地悪そうに問い掛けると、響子はパッと沙希から離れ、小さく蹲ると俯きながらコクンと頷き
「あ…、は、はい…。あ、あの〜…、特別な事じゃ無いんですが…。笑わないで下さい…」
 小声でボソボソと呟き。
「あ、頭を撫でられて…、微笑んで頂きました…」
 沙希に更に小さな声で呟く。

 周りにいたメイド達は首を傾げたが、沙希だけが目を丸くすると、うんうんと頷き
「へへへっ、アレして貰ったんだ…。どう、凄いでしょ…。あの顔、何度でも見たくなるでしょ?」
 響子に笑いながら問い掛けると、響子は沙希の顔を見て、眼を大きく見開き、力強く頷く。
「アレ、反則よね〜…。私、アレが見られるなら、何だって出来る気がするもの…」
 沙希が呟くと、響子は沙希に頷き
「は、はい! その気持ち解ります。あの方の、不器用な撫で方も、獣のような微笑みも、全てあの方らしくて…。それでいて、信頼感や、温もりなんかが、凝縮されて伝わって…。あん、何て言って良いのか解りませんが、身体全身…いえ、心が震えました。この方に全てを差し出したい、全てに応えたいって、本気で思いました」
 響子が興奮しながら捲し立てると、沙希はニッコリ微笑み
「響子ちゃ〜ん。貴女、庵様に信頼されたのよ…。私の知る限り、あの方に頭を撫でられたのは、二人目よ。私と、響子ちゃん。アレは、それだけ、貴重な体験よ…」
 沙希の言葉を聞いて、響子の眼が大きく見開かれ、ガクガクと震え出す。
(し、信頼された…、あ、あの方に…。う、嬉しい…嬉しい嬉しい嬉しい! こんなに嬉しい事、初めて!)
 響子は、僅か1時間に満たぬ遭遇をした、庵の信頼を得て、至上の歓喜に震えた。
「響子さん、これからは、私と同じように[庵様]って、呼ばせて上げる。だって、庵様の信頼を得るなんて、生半可じゃ出来無いモン。だからね、私と一緒…」
 沙希が響子の首に手を回して、告げると響子は驚きで目を丸くし、次の瞬間沙希の胸に飛び込んで、大声で泣いた。
 それは、響子の人生で最高の喜びに満ちた涙だった。
 響子は沙希の胸で泣きながら、深い忠誠を誓い、地獄の業火で焼かれようと、沙希だけは守ると心に決めた。

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