夢魔
MIN:作
■ 第32章 崩壊48
真はその姿を取り戻したが、その表情は暗く沈んでいる。
弥生と[気]を交わし、弥生の思いを痛い程感じたからだ。
だが、同時に歪んだ情念を抱いた、弥生と肌を合わせ[気]を補うのは、真の所属する宗派の教義に反する。
真は、この時大きな決断を迫られていた。
宗派の宗家として、一門に受け入れられる伴侶を見つけ直すか。
弥生に復讐を止めさせ、禊ぎを受けさせ伴侶とするか。
弥生に思いを遂げさせ、自分も野に下るか。
真は3っつの道から、選ばなければ成らなかった。
真は[気]を練りながら、ジッと考え込む。
時刻は、19:55後5分で、パーティーが始まり、稔が行動を起こす。
◆◆◆◆◆
稔はバイクのエンジンに火を入れ、おもむろにスロットルを捻る。
バイクは闇の中から塀際に駐めて有った、GTRに真っ正面から突っ込む。
稔は激突する瞬間、フロントタイヤを上げ、GTRのボンネットを駆け上がりジャンプした。
稔の駆るXR400は、3mの壁を越え囲みの中に、その姿を消す。
閉鎖されたブロックの中では、侵入者を感知し蜂の巣を突いたような騒ぎに成る。
稔は真っ直ぐに分院に向かうと、黒沢達の装備が入った鞄を入り口に投げ、進行方向を大扉に向けた。
黒沢は外の騒ぎを聞きつけ、窓から外を覗くと、走り去る稔と入り口の鞄を確認し
「孝さん、入り口に何か置いて有る!」
山孝に指示を飛ばすと、山孝は直ぐに反応し、玄関のロックを開けた。
鞄を掴むと直ぐに分院内に戻り、鍵を掛ける。
山孝は直ぐに鞄を開け、中身を確認して目を丸くした。
そこには、どう見ても戦隊ヒーロー物で見るような、全身タイツが入っている。
それぞれのサイズに合っている、黒を基調とした5着の全身タイツ。
「なんじゃこれ?」
山孝がそれを手にして、首を傾げるとハラリとメッセージカードが落ちてくる。
[防弾・防刃・衝撃緩和スーツです。45口径弾でも止めます、安心して撃たれて下さい]と稔のメッセージが書いてあった。
山孝は呆気に取られ、黒沢は苦笑いを浮かべる。
そして、そのボディースーツの下から、黒沢用の装備が出て来た。
ハンティングナイフとスタングレネードが6つぶら下がっている、サバイバルベストを持ち上げる。
(まさか、もう一度これを着るとはな…)
黒沢がジッとベストを見詰めると、外からまごう事の無い、複数の銃声が響く。
黒沢はそれに気づき、素早く窓に移動して、外の様子を確認した。
分院の外には、伸一郎の部下と田口の子飼いのヤクザ30人程が、拳銃を手に稔に狙いを付けている。
鬼のような反射神経と判断能力を持つ稔でも、それをかわすだけで精一杯だった。
かろうじて、バイクの機動力を使い、銃撃をかわす稔を見て
「いかん、あいつ等は端から殺す気で攻撃している。こんな所で、ボヤボヤしている暇は無い…」
黒沢は直ぐに防弾スーツを着込むと、サバイバルベストを着け玄関に向かい
「私が出たら、直ぐにロックして下さい。このスーツを来ている者は、玉よけのつもりで、他の者を死守して下さい」
山孝に伝えると、扉を開けて出て行く。
黒沢は音もなくヤクザの背後に忍び寄ると、拳銃を持った男の右肘の腱をナイフで切り裂く。
ヤクザは何事が起きたのか解らないまま、右腕の自由を失い、拳銃を取りこぼし、血を吹き上げる。
黒沢が1人を行動不能にすると、稔の動きが変わり始めた。
稔はバイクで走り回りながら、黒沢が行動を起こした事を確認し、伸一郎の部下と田口の部下を引きつけ、黒沢の元へ誘導する。
黒沢は建物の影、植え込みの中、様々な遮蔽物に隠れ、次々に敵を戦闘不能にしていった。
稔は黒沢の行動を読み、コンビネーションを構築すると、敵はパタパタと倒れ、数をドンドン減らして行く。
敵の数が半分程に減り、稔がバイクを倒し込みながら、ターンさせる。
その時、[ガポッ]っと言う音と供に、バイクのガソリンタンクに穴が空く。
数瞬遅れて、稔のバイクが火を噴いた。
ライフルの長距離射撃により、稔のバイクが撃ち抜かれたのだ。
黒沢が咄嗟に物陰から飛び出し、吹き飛ばされた稔に近付くと、別の方向から足下に銃弾が着弾して煙を上げる。
だが、黒沢は躊躇う事無く、吹き飛ばされ横たわる稔を抱え上げ、分院に向かって走り抜けた。
その、黒沢に向けて、ヤクザ達が拳銃を乱射する。
黒沢の身体に、拳銃弾が何発か着弾するが、貫通する事は無く、黒沢はハンマーで殴られたような痛みを感じながら、分院の入り口に向かう。
4人のヤクザが銃を乱射しながら、黒沢の後ろを追い掛ける。
走る黒沢の足下から、コロコロと円筒状の物が落ちて、ヤクザとの間に転がった。
ヤクザ達はそれに注意を払わず、立ち止まり、黒沢に向けて拳銃の狙いを定める。
ヤクザ達が狙いを付け、引き金を絞ろうとした瞬間[ドンッ]と言う、大きな音と目が眩む閃光がヤクザ達を襲う。
[スタングレネード]音と光で、聴覚と視覚を奪う手榴弾だ。
黒沢は耳の圧を抜いて音を逃がし、分院の玄関に取り付くと、中から様子を見ていた山孝が、ロックを解除し黒沢と稔を引き入れる。
2人が中に入ると、山孝が扉を閉めロックする。
黒沢は稔を床に下ろし、自分の身体をチェックしながら、内心目を丸くした。
(私は、確かに撃たれたぞ。右股と左脇腹、それに右肩口に弾が当たった…。だが、どう言う事だ、痺れているだけで、何のダメージも受けていない…)
黒沢は呆然として、そのスーツの性能に驚く。
(このスーツ…高度な軍事技術の結晶だぞ…。それを、何故こんな高校生が持っている…。いや、それだけじゃ無い、考えてみれば、あの携帯電話に組み込まれた、GPSソフトも異常だ…。あいつの言った事はこう言う事なのか…、知らない間に、俺はとんでもない場所に足を踏み入れていたようだ…)
黒沢は気絶している稔を見詰め、自分の置かれた状況を再認識した。
分院内に籠もった黒沢達は、現状を再分析する
ヤクザ達は戦力を半分にした物の、ライフルが最低2丁こちらを狙い、分院の回りを敵と認識したヤクザが、まだ15人程取り囲んでいた。
相手方の戦力は落ちた物の、ライフルを持ち出し、敵として黒沢達を認識した15人のヤクザが、それぞれ戦闘不能に成った男達の武器を持ち、囲みを作ってしまった。
この状態はハッキリ言って、芳しくない。
その上、戦闘員として暴れていた稔は、現在昏倒中で有る。
ハッキリ言って、絶望的な状況だった。
ヤクザ達は完全に囲みを作って、分院を包囲する。
時刻は20:40を少し回っていた。
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