夢魔
MIN:作

■ 第32章 崩壊50

 狂は庵の答えを聞いて、開いた口がふさがらなかった。
『狂さん? どうかしましたか…?』
 あまりに狂の無言の時間が長く、庵が問い返すと
「お前…本当に、短気だな…。でっ、沙希は連れて来たのか?」
 狂は溜め息混じりに、庵に質問した。
『いえ、それなんですけど…沙希は、竹内の家で、少し特殊な立場に成って居ました。詳しくは、合ってから話しますが、今は取り敢えず、まだ屋敷の中です』
 庵は淡々と、事情を説明するが、狂は庵のこの喋り方で、庵が苛ついている事を理解する。
「そうか、何か事情が有ったんだろうが、俺としては、有りがてぇ…。あいつを連れ出して、あんまり警戒を上げられると、あそこのメイドを引き上げる時に、かなりの傷害が出る…」
 狂は、率直な意見を庵に伝える。

 庵は少し押し黙り
『その件何ですが…。あそこのメイドの救出、早める訳にはいきませんか? 雰囲気的に言って、長い間置いておくと、あそこのメイドには、かなりの犠牲が出ます』
 狂に状況を軽く説明し、進言すると
「ああ、解ってる。けどな、かなり厄介な事が有ってよ、そうおいそれとは、行かねぇんだ…。まぁ、それも追々話をする。所でよ、お前暇なら手を貸せよ。今、稔が分院を襲撃してるんだけど、トラブルが有ったのか、連絡が来ない。お前、行って見て来てくれ」
 狂が庵に頼むと
『分院ですか? 解りました。5分で合流します』
 庵は直ぐに答えを返す。
「ちょ、ちょっと待て、5分って…。お前、そこから分院まで、16qは有るだろ…」
 狂が驚いて、庵に告げるが、受話器からは[ツーッ、ツーッ]と通話が切れた音が流れていた。
(あ〜あ…。あいつ、よっぽど力を有り余してたな…)
 狂は携帯電話を見詰め、溜め息を吐く。
 時刻は20:40の少し前。
 バイクが爆散し、吹き飛んだ稔が、黒沢に抱えられ分院内に入った時刻だった。

◆◆◆◆◆

 庵はバイクを駆り、分院の有った場所に近付く。
 だが、庵は自分の記憶と、その光景の差異に眉をしかめる。
(こんな壁…無かったぞ…)
 庵は懐疑の眼を向け、内心呟いた。
 だが、その時壁の向こうから、[パン]と乾いた音が響き、庵はこの塀の中が目的地だと理解する。
 ヤクザ達の1人が、威圧を込めて分院の窓ガラスに、拳銃を撃ち込んだのだ。

 庵は直ぐに、バイクのエンジンを止め、壁際に駐車すると鞄の中からグラブを取り出し手に嵌める。
 グラブは手の甲と指の表半分を、腕と同じ素材のセラミックで覆われていた。
 準備を終えた庵は、シートに立ち上がり、フワリと宙に舞う。
 庵の身体は、壁に一切触れる事無く、塀の向こうに消えて行った。
 庵は囲みの中に舞い降りたが、誰もその事に気が付かない。
 ヤクザ達の眼は、全て分院に向き誰1人周囲を警戒していなかった為だ。

 庵は音も無く身を隠すと、状況を分析する。
(ライフルが2…、ハンドガンが14…。煩い方から片付けるか…)
 素早く判断を下すと、ライフルを持った男が潜む家に向かい、あっと言う間に外壁を伝って2階に侵入し、ライフルを持った男の背後に忍び寄って、その男に蹴りを放つ。
 男は突然自分の右の脇腹に爆発したような力を受け、左側の壁に無防備に激突する。
 ライフルの男は、腰の骨が折れる重傷を負い、何が起きたかも解らぬまま戦闘不能に成った。

 庵は蹴りを放った瞬間、もう男から興味を失い、次の獲物に向かう。
 2軒向こうの2階に同じように、ライフルを構えた男が居り、庵はその家に向かった。
 目的の家に到着すると、庵は同じように外壁を伝い、2階のベランダに降り立つ。
 ライフルを持った男は、突然現れた庵に驚きながらも、ライフルを振った。
 だが、ライフルの銃口が庵に向ききる前に、庵の拳が男の下顎に吸い込まれる。
[パキャン]とグラスが割れるような音を立て、男の下顎が血みどろに成った。
 庵の拳は、ライフルの男の下顎を粉々に砕いたのだ。
 男はこの後、一生硬い物を食べられない身体に成り、糸の切れた操り人形のように、ベランダの床に頽れた。

 分院の前で包囲していたヤクザ達は、その時初めて数人が異常に気付き、庵を指さす。
 庵はそのヤクザ達に、ニヤリと獰猛な笑みを向け、ベランダから舞い降りる。
 道路に降り立った庵は、スッと立ち上がると、無造作にヤクザに向かって歩き出した。
 大量の拳銃の前に、無防備な姿を晒す庵をヤクザ達は呆然として見詰め、クスクス笑い合い大方が分院に視線を戻す。
 庵に近かった3人が、嘲るような表情を浮かべ肩を竦めると、おもむろに銃口を向ける。
 薄笑いを浮かべ、引き金を引いたヤクザは、その表情を変え呆然とした。
 庵が獣の微笑みのまま、左右の手を身体の前で振ると[キキーン]と金属音を上げ、庵は何事も無かったように真っ直ぐヤクザ達に向かって歩く。

 ヤクザ達は驚いて拳銃を見詰め、改めて庵に銃口を向けたが、その時には既に庵の間合いだった。
 黒い皮つなぎを着た、庵の身体が男達の視界から消える。
 ヤクザ達が姿を確認した時は、その黒い身体は闇のように忍び寄り、白く光る稲妻がヤクザ達を破壊した。
 庵は単純に大きく踏み込んで、左のストレートを右に立つヤクザの胸に当て、右のフックで左のヤクザの顎を振り抜き、左の回し蹴りを正面のヤクザの右太股に打ち込んだ。
 胸骨がへし折れ肺挫傷を起こし、下顎が肉ごと2/3程千切れてぶら下がり、太股から突き出た骨は反対の足に刺さった。

 3人のヤクザは声を上げる事も無く、ぐ風に薙ぎ払われた古木のように、クルクルと回りながら、死の淵を彷徨う。
 庵はまた倒れた者に一瞥も呉れる事無く、構えを解くと無造作に歩き始める。
 黒い死に神は、腹の虫の居所が悪かった。
 それが、このヤクザ達に取って、最大の不幸だっただろう。
 庵の不機嫌の理由は、沙希である。
 本来なら、今頃は新調したチ○ポで、沙希を可愛がって居る筈で有った。
 それが、諸事情により適わなく成った。

 庵はその滾る思いをぶつける為に、一目散にここに飛んできたのだ。
 そんな状態で来た庵に、嬉しい事にヤクザ達は銃口を向け殺意を浴びせた。
 単なる八つ当たりの筈が、ヤクザ達の殺意で、庵の本能がフラストレーションの解放を許可する。
 今の庵に遠慮は無い。
 獰猛な獣の微笑みを浮かべ、庵は次のヤクザに向かって進む。
 敵に死を撒き散らす為に。

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