夢魔
MIN:作

■ 第32章 崩壊60

 絵美は床に崩れ落ち、声を張り上げて泣きだした。
(全部…全部、知られた…私の…汚い部分…汚れた過去を…全部知られちゃったんだ…)
 絵美は絶望に打ち拉がれた、絶対に知られたくない事を、絶対に知られたくない相手に、知られてしまったのだ。
(終わりだ…終わりだわ…何もかも…。短かった…やっぱり…私に幸せなんて来ないのよ…)
 絵美は余りに短かった、自分の幸せな時間を失う事に、涙が止まらなかった。
「そう、知ってたよ俺は…最初からな…」
 狂はそう言って、絵美の頭の上にソッと手を置いた。

 狂の言葉に、絵美は自分の耳を疑い、顔を上げる。
 顔を上げた絵美の前に、優しい純の表情があった。
「俺はお前が、やっちゃった事…やらなきゃ成らなかった事は、最初から知ってた…。言わずに居れるなら、知らない振りをしようと、決め込んでたけど、二度とこんな馬鹿な事されちゃ、たまんねぇしな…」
 狂が純の表情で、絵美に告げる。
 純が狂の口調で、絵美に告げた。

 絵美は涙を流しながら、その顔を見詰め
「さ、最初…から…、知らない…振り…?」
 ポツリと呟いた。
 コクリと頷き、立ち上がる狂(純)。
 絵美に手を差し伸べ、立ち上がらせると、絵美を抱きしめ
「全部ひっくるめて、お前は俺のモノだ…誰にも指一本触らせねぇ…」
 絵美に優しく宣言した。

 絵美は狂(純)の背中に恐る恐る手を回し、しっかりと抱きしめると
「ふえ〜ん…。好き…! 大好き! 絵美の全ては、ご主人様のモノです。死ぬまで…ずっと…」
 狂(純)に改めて誓って、泣いた。
 絵美は純と狂の名を呼び、号泣する。
 絵美の頬には、止めどなく涙が流れ、幸福に染まる顔を濡らしていた。
 狂(純)が絵美を放し
「行くぞ…こいつの馬鹿親父に、宣戦布告する。お前のお袋さんも安全な場所に移さなきゃならねぇ、時間はそんなにねぇぞ」
 そう言うと、絵美が
「えっ! ま、待って下さい…私お仕事が終わって無くて…違約金を払わなくちゃ、いけなくなります…」
 慌てて狂(純)を止めようとする。

 狂(純)は大声で笑い飛ばすと
「心配するな、社長と一緒なんだ…そんなの、関係ねぇよ!」
 狂(純)の答えた言葉に、絵美は意味が解らず、首を捻る。
「お前が契約した会社は、俺の会社…。俺が社長様なんだよ、会社名の頭文字を取ってみろ」
 狂(純)が悪戯っぽく、絵美に笑いかけると、絵美は会社名を思い出す。
(えっと…<ジェネシス・ユニバーサル・ネットワーク・エンタープライズ>でしょ…。J.U.N.エンタープライズ…?)
「え〜〜〜〜〜〜〜っ!」
 絵美の驚く声が、学校の廊下に響いた。

 狂(純)は大きな声で、高笑いしながら、絵美の手を引いて廊下を走る。
 絵美は驚きの表情を嬉しそうに変えると、繋がれた手をギュッと握りしめ、狂(純)に寄り添いながら廊下を走っていった。
 狂(純)は人格を統一した。
 狂は純に対して自己認識させる為、ここ10数日あえて表に現れなかったのだ。
 様々な問題を解決し、純に困難を乗り越えさせ、自信を付けさせる為である。
 純は狂の気持ちを知り、自分の弱さを認め、自己を確立する。
 だが、自己を確立した純も、人格統一に踏ん切りが付かなかった。
 しかしそれは、絵美の危機により、純はその一線を越え、狂の意識を取り込み新たな[工藤純]に変わった。

 純が廊下を進み正面玄関に来ると、銀髪の背筋の通った老紳士がニコニコと微笑みながら佇んでいた。
「笠崎さん!」
 絵美が老紳士を見て、驚きながら名前を呼ぶと
「そっちは、上手く行ったか? まぁ、あんたの事だから、抜かりは無いと思うけどな」
 純がニヤリと笑って笠崎に問い掛ける。
 笠崎は丁寧に純に頭を下げると
「どちらの件も抜かりは有りません。社長のご指示通り、キッチリと連日操作をしまして、竹内グループの株価は、当初の7倍程に成っております。M&Aを掛けた最終予想では、10倍程に達すると思われます。サロンの方も私の優秀なスタッフが、全てカタを付けます」
 にこやかに微笑んだまま、狂に報告する。

 笠崎の話を聞いて、狂の眉毛がピクリと跳ね上がり
「ちょっと待て…。笠崎さん…、あんたのスタッフって…」
 笠崎に問い掛けると
「はい、今回の件は非合法の事なので、日本に派遣されている、本国のスタッフを使いました」
 笠崎は、笑みを深めて、純に告げる。
「ちっ、あんた、確信犯だろ…。で、今度はどんな仕事が、入ってんだ…」
 純はふくれっ面で、笠崎に問い掛けると
「はい、地上探査スキャンの改修プログラムです。これは、社長でなければ、中々プログラム出来ない物で、本国の上層部もかなり期待しております」
 笠崎はスッとメモリースティックを純に差し出し、微笑んだ。

 純はそれを受け取ると
「この人は、表の顔はウチの支社長で、俺の身代わり。裏の顔はNSAのエージェントで、俺の監視役だ。本名、笠崎・アルフレッド・清二、こんな顔だが、まだ48歳だ」
 絵美に笠崎を紹介する。
 笠崎は絵美に向き直ると
「宜しくお願い致します。私の素性は他でお話しになりますと、とても残念な事になります。どうかお気を付け下さい」
 にこやかな笑顔を崩さず、背筋が凍るような雰囲気を出して、絵美に告げる。
「おい、脅すなよ…。俺と違って、デリケートなんだぜ…。所でよ、黒沢先生とキサラ…。引き込んだのも、あんただろ?」
 狂が問い掛けると、笠崎はニッコリと微笑み
「社長は我が国の宝です、万が一の事が有りますと、私の首などでは償えませんから、当然のフォローです」
 笠崎は微笑みながら、純に答えた。
 絵美はあまりに異常な展開で、開いた口がふさがらなかった。

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