夢魔
MIN:作

■ 第32章 崩壊64

 柏木の手に銀色のスプーンのような金属が握られ、剥き出しの美香の子宮内に入る。
「い、いや〜〜〜〜〜っ!」
 美香の悲痛な声が、分院内の診察室に響き、柏木の手が美香の股間から離れ、床に何かを投げ捨てる。
 ビシャリと音を立て、美香の子宮内膜が床に投げ捨てられ、血と肉が床に広がった。
 柏木は機械のように、美香の子宮に再び器具を差し込み、内膜をこそぐ。
 美香は心を絶望に染めながら、愛しい主人に詫び続けた。
(稔様…申し訳御座いません…、美香は…もう、お側に使える事が出来ません…。美香の身体は、壊されてしまいます…)
 美香は自分の最大の夢が壊れて行くのを、ただ、受け入れるしか無かった。
 時刻は22:20、ユルユルと美香の肉体が破壊され、美香の心が潰れて行く。

◆◆◆◆◆

 警察署を出た庵の元に、純から連絡が入る。
 庵が電話に出ると、純の他に稔の声も入ってきた。
『庵、お前そこに足は有るか!』
 純の質問に、庵は訝しげに眉を顰め
「ああ、ここには、溝口さんが居るから、足は有るぞ…。ところで、その喋り方…。何のつもりだ?」
 庵は純がふざけていると勘違いし、低い声で問い掛ける。
『庵、今は説明している暇は有りません。美香が…美香が掠われました。不味い事に、行き先は分院です。また、鉄壁の城に入られてしまいました』
 稔の焦った声が、庵を驚かせ
『今から稔は、装備を調えて分院に行く。お前の場所の方が、分院に遙かに近い! 先に行って、あいつ等の動きを止めろ!』
 純の命令に戸惑いを感じる。
(な、何だ…。稔さんの声、感情丸出しじゃないか…、それに純のヤツも話し方が変だ…。何がどう成ってる…
 庵はこの数分の内に起きた、2人の心の変化を知らず、首を傾げた。

 庵は溝口の動きを止め
「溝口さん、相当やばい状態に成ってる。ちょっと、車を待機させてくれ。その弁護士先生には、タクシーで帰って貰ってくれ、梓と美紀も先にタクシーで戻れ」
 溝口に近付き小声で指示を出し、梓達にも告げる。
 指示を出し終えた庵は、携帯電話を耳に当てると
「足は確保しました。俺はそのまま分院に侵入します」
 庵が2人に告げる。
『おい、馬鹿な事言ってんじゃねぇ。あの分院は、お前の設計で力押しじゃどうにもなん無いだろ! だから、稔が装備を調えるまで、電源を切って動きを止めろ』
 純が庵に指示を出すと
『そうです、早く電源の供給をカットしないと、あいつらは間違い無く美香を改造します。庵も見たでしょ、美香があんな風にされても構わないんですか!』
 稔は必死な声で、庵に怒鳴りまくった。

 庵は溝口と車に乗り込み、助手席に収まるとニヤリと笑って、ポケットから手を抜き出す。
「ええ、力押しじゃ無理です。だから、鍵を使うんです…。俺、佐山の部屋から分院の鍵を盗んでいますから」
 庵は目の前で、鍵をちらつかせ2人に告げた。
 2人は揃って息を呑み
『お前って、やっぱり頼りに成るぜ!』
『庵! 急いでくれ。美香を! 美香を頼む!』
 庵に大声でそれぞれの気持ちを伝えた。
 庵は通話を切ると、溝口に向かい
「急いで下さい。美香が捕まってるのは、最悪の奴らです」
 溝口に顔を引き締め依頼した。
 溝口は表情を強張らせながら、車を急がせる。

 車はタイヤを軋ませ分院の前に止まると、庵は助手席の扉を開け、音も無く飛び出す。
 庵の右手がフッと振り上げられると、銀色の光が電気の引き込み線を断ち切る。
 分院は一瞬で暗闇に飲み込まれ、庵は入り口の扉に鍵を差し込む。
 解錠すると庵は直ぐに扉を開け、中に入った。
「ぎぃーーーーっ、ぐ、ぐひぃ〜〜〜〜っ」
 庵の耳に飛び込んできたのは、物静かな美香の物とは思えない、陰惨な悲鳴だ。
 庵は直ぐに声のする方角に、身体を向け駆け出す。

 美香の直ぐ横に、1人の男が立ち
「な、何だ! 何が起きたんだ?」
 ボソボソ呟きながら、オロオロと動いている。
 庵は闇の中でその影の手に光る金属を見つけ、頭の位置を推測し右足を一閃させた。
 庵の足に確かな手応えが有り、男は床に倒れて動かなくなる。
 庵は直ぐに周囲に意識を向けるが、美香の悲鳴がドンドン小さく成って行くのに気付き、直ぐにハンドライトを付け、美香を確認した。
 美香は手術台の上にマングリ返しの姿で拘束され、息も絶え絶えになっている。
 庵は直ぐに拘束を外し、美香を抱え上げると、柏木の襟首を掴んで、引きずり出す。

 美香を後部座席に横たえると
「溝口さんトランクお願いします」
 溝口にトランクを開けさせ、中に放り込む。
 庵はトランクを閉め、分院内に戻ろうとする。
 駐車場に止められた車の数から、まだ中に誰か居る事を悟っていたからだ。
 だが、その庵の行動を、切迫した溝口の声が止める。
「おい、垣内君! 美香さんの状態が不味い! 早く処置しないと手遅れに成る」
 車の中で美香を見ていた溝口が、焦った声を上げた。
 庵がその声を聞き、一瞬迷った物の素早く車に乗り込み、溝口は急いで車を走らせる。

 真っ暗に成った分院内の倉庫の中で、ゴソリと影が動く
「な…、何であのガキが、ここに居るんだ…。あいつは、半年は動け無い筈じゃ無かったのか…。いかん、あいつがここに居るとなると、絶対に俺に仕返しに来る筈だ…。ここは、潮時か…良し、とっとと金を作ったら、ここともおさらばだ…。有る物全部売ってやる」
 佐山は庵が付けたハンドライトの光で、庵の姿を確認したのだ。
 真っ青な顔をして佐山は早々に、この市からの逃走を決める。
 ゴソゴソと分院を這い出すと、佐山は自分の車に急ぎ、明日香に車を出させた。
 明日香は庵の襲撃時に、車に隠れソッと覗いていた。
 獣のような身ごなしをする、青年の姿はその目に鮮烈に焼き付いた。

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