夢魔
MIN:作
■ 第32章 崩壊65
総合病院に着いた庵と溝口は、直ぐに庵が美香を抱き上げ、病院内に入った。
入り口で稔が待っており、庵の腕に抱かれた美香を見詰め、蒼白な表情で美香を受け取る。
「さあ、早く急いで。衰弱がドンドン激しく成ってる、1分1秒でも早く、どんな処置がされたか判断し、対策を打たなければ、命に関わる」
溝口が稔を急かし、手術室に飛び込むと、庵は踵を返して溝口の車に向かう。
その時、庵の携帯電話が鳴り、庵は着信を確認すると電話に出た。
『よう、庵…。稔どうだった…』
純は沈痛な声で、庵に問い掛けると
「今にも泣き出しそうな顔をしていました…。ところで、これから俺はどう呼べば良いんですか?」
庵も低く沈痛な声で純に答え、問い直した。
『ああ、純で良いぜ…』
純は庵の質問に答え、大きな溜め息を吐くと
『佐山と柏木はどうした?』
純は庵に問い掛ける。
庵はスッと表情を険しくして
「佐山は取り逃がしましたが、柏木は捕まえています。今は、溝口さんの車のトランクで寝ています」
低い声で囁く。
『そうか、取り敢えずそいつは隠しとけ…、逃げられた事にするんだ…。俺は、稔に人殺しはさせたくねぇ』
純は庵にブツブツと呟くと
「はい、俺もそうした方が良いと思います。今の稔さんの勢いなら、まじめに殺してしまいそうですから」
庵も純の意見を聞き入れ、賛同した。
『んじゃ、迎えに渡せ…。俺は今から本腰入れる』
純はそう言うと、通話を切る。
「狂さん…やっと思いが叶いましたね…。おめでとう御座います…」
庵は通話の切れた携帯電話に、ボソリと呟いた。
庵が視線を上げると、総合病院の玄関に銀髪の背筋が伸びた老紳士が立っていた。
老紳士が庵に頭を下げると
「表の車のトランクです」
庵は静かに答える。
笠崎は頭を上げると、クルリと踵を返し病院を後にした。
今度は庵がその背中に、頭を下げる。
笠崎は庵の渡米の時にも骨を折り、その他にも様々なバックサポートを行っていた。
面と向かって頭を下げると、笠崎は酷く恐縮する為、庵はいつも背中に礼を言い、敬うのだった。
◆◆◆◆◆
手術室に入った溝口は、直ぐに美香がどこを処置されたか気付いた。
美香のオ○ンコには、拡張器具が付いたままだったからである。
そして、溝口がその中を覗き込むと、直ぐに何の処置をされたかも解り、美香が何故衰弱したかも解った。
溝口は直ぐにピンセットを、美香の子宮に差し込み、中にあった物を引きずり出す。
赤茶色に変色したガーゼ群が、美香の子宮から大量に出て来た。
「生食水5リッター! いや、ホースを持って来い!」
溝口は看護士に命令すると、美香のオ○ンコにホースを差し込み、大量の水道水で子宮内を洗浄する。
美香の子宮に入っていたガーゼには、高濃度の酢酸が染みこまされていた。
溝口はそれを大量の水で洗い流し、洗浄しているのだ。
処置を終えた溝口が美香の子宮を覗き込むと、溝口の目の前は真っ暗に成った。
(こんな事…良く考えつくな…。どうして、こんな完璧に人の身体が破壊出来る…)
美香の子宮内壁は、グズグズに酸で灼かれ、真っ白に成っていた。
重度の薬傷である。
本来、酢酸が粘膜に付いた場合などは、直ぐに大量の水で洗い流さなければ成らない。
だが、今回は処置が施されている最中に救出した為、その洗浄に時間が掛かったのだ。
悪い言い方だが、庵の救出は最悪のタイミングで、行われてしまった。
救出の為、美香の子宮は最悪のダメージを受け、その生命まで脅かしている。
溝口は肩を落とし、点滴をしながら看護士に指示し、子宮内に微温湯を流し込む。
このまま30分程流さなければ、酢酸は洗浄出来ないのだ。
手術室を出るとそこには、稔の他、金田との再会を果たした梓、美紀が居た。
溝口は稔の顔を見ると、沈痛な表情を向け
「今のところ3:7です…今夜がヤマでしょう…。もし、助かっても子宮が完全に破壊されている為、赤ちゃんを生む事は不可能です…」
溝口の言葉を聞いた稔が、愕然とした表情で固まり、梓が蒼白な顔で問い掛ける。
「溝口様…、美香は何をされたのでしょうか…」
梓の問いに溝口は沈痛な表情のまま
「子宮内膜を基底層迄剥ぎ取られ、酢酸で灼かれています。医学知識のある者が、最悪の方法で子宮を破壊しました。もう、元に戻る事は有りません…」
美香が成された処置を告げる。
その言葉を聞いて、梓は両手で口と鼻を覆って目を見張り、美紀はカクンと膝を折り、床にへたり込んだ。
稔は呆然としたまま
「美香に会えますか…」
ポツリと呟くと、幽鬼のようにフラフラと手術室に向かう。
溝口は稔に頷くと
「励ましてやって下さい。それが彼女にとって、今一番の薬です…」
自分の無力を呪うような声で、稔に告げた。
稔は手術室に入ると、看護士が何か言おうとし、それを溝口が止める。
稔はフラフラと、手術台に横たわる、蒼白な顔の美香に近付き、しっかりと手を握った。
美香の身体が、ピクンと反応し小さく震える。
稔は美香の頭に手を当て、髪を優しく撫でながら
「美香…、美香…。大丈夫か…帰ってきておくれ…。僕を…置いていかないでくれ…」
顔を覗き込みボソボソと囁く。
美香の顔にポタリ、ポタリと水滴が落ち、その水滴が美香の蒼白な頬を流れる。
その時、美香の瞼が震え、ユックリと開いた。
美香の瞳は、真っ直ぐに目の前の稔を見詰めると、見る見る涙が浮き始める。
「私…夢見てる…の…。稔様が…泣いてる…なんて…。すごく…うれしい…、神様…」
美香の眼が幸福そうに細められると、スッと美香の目尻から涙が流れ落ちた。
■つづき
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