夢魔
MIN:作

■ 第32章 崩壊71

 明日香は頭を下げて、佐山の部屋を出ると、クルリと踵を返して、車庫に向かう。
 軽く足を引き摺りながら歩く明日香の頬が、次第に緩み始め赤味を増し、不自由な歩が徐々に早くなる。
(逢える…。あの方に…、逢えるのね…)
 明日香の頭の中は、その事でいっぱいだった。
 白のファミリアに乗って、エンジンを掛けると明日香は車を急がせる。
 竹内邸の正面玄関を出ると、明日香の顔は満面の笑顔になっていた。
(やったー! 昨日帰ってから、嬉しい事ばかり。沙希様は自分を取り戻していたし、あの方からお誘いの電話は有るし…、これで、この間みたいにして貰えたら、最高なんだけどな…)
 明日香は声に出して、叫びたかったが、佐山が聞いている事を考え、そこは控えた。

 車を止めて、純との待ち合わせ場所に着くと、既にそこには純が立って居た。
 純はデニムにポロシャツとラフな格好をしてディーバックを肩に引っかけていたが、とても品が有り町行く人の視線を惹いて居る。
 人形のような甘いマスクに、独特の雰囲気を漂わせていれば、誰でも振り向いてしまう。
 明日香はそんな純を見て、自分の格好が急に恥ずかしくなった。
 慌てて、ショーウィンドーに姿を写して、一生懸命髪型や、服装を直す。
 余りに一生懸命過ぎて、純が近寄ってきた事すら、気付かなかった。

 純は暫く腕を組み、後ろから明日香を見詰めていた。
 明日香がショーウィンドーに映る純を見つけて、慌てて振り返ると、純は[くっくっくっ]と声を噛み殺し笑う。
 明日香は顔を真っ赤にして俯くと、純がその明日香の手を掴み、グイグイ引っ張って行く。
 明日香は純に引かれるまま、その後をついて行くと、純はいきなり方向を変え、明日香をラブホテルに引き込んだ。
 明日香はラブホテルの入り口を潜ると、いきなり胸が張り裂けそうな程高鳴った。
(そ、そんな…、いきなり…、でも…、嬉しい…)
 明日香は純の行動に、ドキドキとして、顔を真っ赤に染めている。

 純は部屋に入るなり、ディーバックをソファーに放り投げ、携帯電話を取り出し明日香の身体に翳す。
 何度か動かしながら、純は盗聴器の位置を確定すると、苦虫を噛み潰したような表情で、明日香の胃袋を無言で指さす。
 明日香は、自分の胃袋を両手で押さえ、コクリと頷きそれを認めた。
 純は暫く考え込み、サラサラとメモ用紙に、[何て言われて来た?]と走り書きする。
 明日香にペンと一緒に、メモ用紙を渡すと、[プログラムを取って来いと言われました]明日香が返事を書く。
 純は頷くと、ディーバックから弁当箱ぐらいの黒い箱とスピーカー付きのiPodを取り出す。

 純は明日香に[朝から何か食ったか?]とメモ帳を見せると、明日香は首を左右に振る。
 純は頷いて[逆立ち出来るか]と走り書くと、明日香はコクリと頷いた。
 純は頷くと、明日香に上着を脱ぐように命じ、500ミリリットルのペットボトルを取り出し、飲むようにジェスチャーする。
 明日香は言われた通りに、ブラウスを脱ぐと、ペットボトルの水を飲み始めた。
 その間純は、明日香の背後に回り、髪の毛を束ねるとゴムで止め、シャワーキャップを被せる。
 何が起きるのか解らなかった明日香だが、取り敢えず指示に従い水を飲みきった。

 純は鞄と箱を持って、バスルームに移動すると、明日香を手招きする。
 明日香は何となく意図が分かり、純に従った。
 純は明日香の思った通り、様々な機械を使い盗聴器を無効化させると、明日香の胃袋から盗聴器を吐かせ、黒い箱の中に納める。
 明日香が心配そうに訪ねると
「俺がそんなヘマする訳無いだろ」
 自信満々で答え、iPodを拾い上げた。
 純は唇の前に人差し指を立て、明日香に合図すると、箱の蓋を開けiPodを操作する。

 すると、iPodのスピーカーから
『あっ、こ、こんにちは…。今日は、どう言ったご用件でしょう?』
 明日香の上擦った掠れ越えが流れ始める。
 それはパソコンで合成した、明日香と純の会話だった。
 純は有る程度想定して、会話を作って来ていたのである。
 目を見開き、驚く明日香に純はウインクすると、箱の中にiPodを入れ蓋をした。
 純は箱をテーブルの上に置き、ベッドに腰を掛け明日香を見詰めると
「今日は重要な話が有って来た。お前達の脱出の件だ」
 明日香に静かに告げる。
 明日香は純の言葉を聞き、更に眼を大きく見開き、ペタンと床に座り込んだ。

 明日香の唇がブルブルと震え、見開いた眼から涙が溢れ出す。
「ほ、本当ですか…。本当に、脱出できるんですか…」
 掠れて震える声で、純に問い掛けた。
「ああ、マジだ…。だが、その為には、お前の協力が絶対必要になる。いや、お前達と言った方が適切だな…」
 純はそう言うと、明日香に上着とバインダーを差し出し
「取り敢えず、詳しい話は飯でも食いながらしようぜ。朝から、何も食って無いんだろ?」
 ニッコリと微笑んだ。
 明日香はその笑顔を見て、優しい言葉を聞き、顔が一瞬で真っ赤に成って、視線が蕩けた。
(はぁ〜〜〜っ、お優しいお方…。美しいお方…。こんな方に、お情けを掛けて頂いて…、何の償いも出来無いなんて…。何も持たない自分が恨めしい…)
 しかし、直ぐに自分の無価値さに嘆き、激しく落ち込む。

 純はそんな明日香をチラリと見て
(はぁ〜…、こいつは直ぐに落ち込むな…。まぁ、あれだけ虐げられた生活を続けりゃ、誰でもそうなるか…。ここは1つ、俺が一肌脱ぐかな…。これは、人助けだからな、絵美怒るなよ…)
 絵美に心の中で手を合わせ詫びを入れる。
 絵美はそれを容認すると、言っているのだが、純は貫いて来た主義の為、言い訳が必要なのだった。
 純はバインダーを拾い上げると
「食いモンは俺が適当に選ぶ…。それで良いな…」
 明日香に問い掛ける。
 明日香は俯き、コクリと頷いて返事を返した。

■つづき

■目次4

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊