夢魔
MIN:作

■ 第32章 崩壊75

 純が明日香を可愛がっている頃、稔は市内を奔走する。
 マンション奴隷30人の家族を、隔離する為だった。
 稔は事前に告げていた通り、個人財産と身の回りの物だけを持って、指定する場所で合流し、郊外のホテルにその身柄を隠させる。
 この時同じバスに乗り、被害者家族は初めて顔を合わせた。
「せ、瀬下部長! 部長もお子さんを…」
「ああ、金山君、君の所もだったのか…。ウチは、今は末の娘が捕まってる。2番目の娘は、帰って来なかった…」
 噛みしめる様に、男が話すと横で、妻とおぼしき女性が泣き伏せる。

 伸一郎はマンション奴隷の家族に箝口令を引き、横の繋がりを絶っていた。
 同世代の娘を持つ親の場合、お互いに面識がある事が多く、結託されると厄介だと、考えての行動だった。
 だが、伸一郎の考えは正しく、殆どの者が誰かと繋がり有った。
 親たちは顔を突き合わせ、伸一郎に対する怒りをぶちまけ、お互いの結束を固めて行く。
 マンション奴隷の家族30世帯の老若男女143人は、3台の大型バスに乗り、ホテルで顔合わせをすると、一丸となった。

 稔はマンション奴隷の家族を回収した後、直ぐに当事者の奴隷達を回収に回った。
 普段この家族達に見張りは付いていないが、巡回警備はされていたからだ。
 日中は誤魔化せるだろうが、夕方になれば直ぐに気付く筈である。
 それを通報されれば、直ぐに伸一郎はマンション奴隷の身柄を押さえる筈だった。
 勝負はその夕方迄で有る。

◆◆◆◆◆

 庵は笠崎と供に、市内の信用組合のロビーに居た。
 笠崎が信用組合の支店長を[至急、預けた物を出したい]と呼び出し、中に入ったのだ。
 庵はダークスーツを身に纏い、笠崎の後ろにひっそりと佇む。
 その姿は、誰がどう見てもボディーガードで、笠崎の真剣な表情が、支店長を焦らせる。
「か、笠崎様。今日はどう言ったご用件で…」
 支店長は汗を拭いながら、笠崎に問い掛けると
「ええ、貸金庫に預けた物の中に、重要な書類が有りまして、至急それを取り出したいんです」
 笠崎は丁寧な口調とは裏腹に、かなり切迫した表情を浮かべて言った。

 その表情に支店長は、汗を拭いながら
「で、ですが…。今日は土曜日で…、内務規定上開ける訳には、行かないんです…」
 困り果てた薄笑いを浮かべ、笠崎に答える。
「それは、貴方の独断で決められた事ですね。解りました、貴方の信用組合で運用している、我が社の資金120億円、即刻引き上げさせて頂きます。それと、この件で損失が出た金額、正式に訴訟を起こさせて頂きましょう」
 そう言うと、クルリと踵を返して、玄関に向かう。
 支店長はその言葉を聞き、顔から一斉に血の気が引き、真っ青になると
「ま、待って下さい! 直ぐに、直ぐにお開けしますから!」
 笠崎を呼び戻して、米つきバッタのように頭を下げる。

 笠崎はクルリと支店長に向き直ると
「1分1秒を争います、直ぐに開けて下さい。それと、監視カメラの録画は切っておいた方が良いですよ。私達も誰にも言いません、記録に残らなければ、貴方も内務規定違反には成らないでしょう…」
 支店長に早口で告げる。
 支店長は笠崎の言葉に、直ぐに納得して、監視カメラのスイッチを切り、貸金庫の鍵を開けた。
 笠崎と庵は貸し金庫の中に入ると、直ぐに行動を起こす。

 笠崎はメモを取り出し、次々に庵に番号を告げると、庵はその指定された扉を、無造作に解錠して行く。
 庵のピッキングツールとテクニックは、最先端のICキー以外、どんな鍵でも開ける事が出来た。
 こんな片田舎の、信用組合の貸し金庫の鍵など、無いに等しかった。
 庵が解錠した扉を、笠崎が片っ端から開けて、中身を取り出す。
 その中身は、全て伸一郎の隠し財産で、廃棄された奴隷達の名義だった。
 その中には奪われた、玉置の土地の権利書も入っている。
 庵は指定された全ての扉を開けると、今度は中身を抜いた金庫の扉を閉めた。
 笠崎が全ての伸一郎の隠し財産をまとめると、金田名義の貸し金庫に入れる。
 最後に笠崎名義の金庫から、書類を取り出して貸し金庫を出た。
 時間にして、僅か10分程の出来事で有る。
 たった、それだけの時間で、伸一郎は隠し財産の1/3を失った。

 2人は何事も無かったように、貸し金庫を出ると
「いや、助かりました。私も、そして貴方もね…。この事は、お互い胸の内に仕舞いましょう…」
 笠崎がニッコリと微笑み、支店長に告げる。
「あ、あ、は、はい。勿論です」
 支店長は笠崎に、愛想笑いを浮かべ、ペコペコと頭を下げる。
 その姿は、切って有る筈の監視カメラにしっかりと映っていた。
 しかも、笠崎は巧妙に位置をずらし、そのカメラに映っているのは支店長だけだった。
 庵は録画ランプが消えると、笠崎を促し信用金庫を後にする。
 このやりとりで、支店長は生涯口を紡ぐしか無くなってしまう。

 笠崎と庵は信用組合を出ると、直ぐに大型バスに乗り込み、メイド達の家族を回収しに行った。
 メイド達の家族は、かなり悲惨な状況で、市内に現存している者は32世帯中、10世帯だった。
 残りの22世帯は伸一郎の指示で、この世を去っている。
 その10世帯も伸一郎の手により、会社を追われ、まともな職にも就けず、貧しい生活を送る者が殆どである。
 その10世帯34人を連れて、庵達はホテルに向かう。

◆◆◆◆◆

 明日香は自分の慕う少年の恐ろしさを知った。
 純は狂の能力を完全に取り込み、その上で元来の自分の能力も失わなかった。
 甘く蕩けるような食事の後、ウットリとする明日香に、純は縄を掛け始める。
 純の細くしなやかな指先に操られる縄は、明日香の自由を縛る物では無かった。
 明日香の手足を拘束せず、明日香をラッピングするように巻き付いて行く。
 そのラッピングは、明日香を飾る物だった。
 明日香の女を強調し、明日香の心を縛る。
 そんな縄掛けだった。

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