夢魔
MIN:作

■ 第32章 崩壊85

 時間は少し戻り、竹内家のメイドを診察した真は、その酷さに溜め息を吐く。
 肉体改造を受けた女性達も酷かったが、先に外科手術を受ければ、ほぼ元通りには戻せる。
 しかし、それは単独での治療の場合だった。
 全員を救う場合、致命的に時間が足りなかった。
 そして真は、その治療を行うのに費やす時間を換算して、有る決断をした。
「稔君…。私単独では、彼女達の治療には、膨大な時間が掛かってしまいます。そこで、少しの間ここを留守にしようと思うんですが、宜しいでしょうか?」
 稔に問い掛けると、稔は真の意図を汲み取り
「[御山]に戻られるんですか?」
 低く落ち着いた声で問い掛ける。
 真がコクリと頷くと、稔は止めようが無かった。

 稔は、真が最近何かで悩んでいる事を、知っていた。
 それが、[御山に帰る]事で解消する物では無く、逆の事柄で、悩んでいる事も理解している。
 真は何らかの理由で、自分の宗派の総本山に戻りたく無かったのだ。
 それは、稔には窺い知らぬ事だが、真の身体の中に有る[穢れ]が原因だった。
 真の身体の中には、弥生が復讐の為に性を啜った[陰気]が流れ込んでいた。
 それは、宗家の嫡男に、有っては成らない物だった。
 真の宗派は、密教で有る。
 その中で、性交による[歓喜]を糧に、身体のチャクラを回転させ[涅槃]に至る事を教義としていた。
[歓喜]とは[陽気]で有り、一方向の力である。
 それを全力で回す為に、真達は一切の[陰気]を排除する。
 それが、[修行]で有り、それが[求道]だった。

 その求道者の真が、[陰気]を纏った弥生と肌を合わせ、あまつさえ[気]を身体に巡らせた。
 真はこの時点で、完全に[禁]を破って居るので有る。
 精通を迎え、11年間研ぎ澄ませた真の身体に、[陰気]が入り込み、澱のようにこびり付いていた。
 真はそれを自分自身で十分理解している。
 自分の身体の[陰気]を消す為には、この後、5年程の[禊ぎ]の荒行が必要な事も、理解していた。
 その時点で、真はハッキリ言って投げていた。
 荒行は、決められた者以外立ち入る事の出来無い深山に入り、自足自給で決められた修行をするのである。
 その間、誰とも会う事を禁じられているし、肌を合わせるなど以ての外だった。
 そんな事は、今の真には耐えられなかった。
 真にとっては、弥生はもう絶対手放せない女性に成っている。
[弥生と離れるなら、宗家の嫡子なんか、必要無い。自分は弥生と供に生きて行く]真はそう決めていたのだ。
 真は宗派との縁を切ってでも、弥生と一緒にいるつもりで有った。

 だが、現状はそうは言って居られなく成った。
 それは、自分自身の能力のダウンも有るが、それ以上に[疵]を負った者の多さが、最大の原因だった。
 真は思い悩んだ結果、自ら出向いて術者を募り、治療の手助けを依頼するつもりだった。
 しかし、その行為は確実に真の中の[穢れ]を見抜かれ、[禊ぎ]を命じられる。
 真は、それに応じるつもりは、全く無い。
 必然、真は[破門]を言い渡され、自分の能力を封印される結果になるだろう。
 最悪、術者の支援も受けられず、自分の能力も無くすと言う結果もあり得た。
 真は重い心持ちで、自嘲的に微笑みながらユックリと歩き出した。

◆◆◆◆◆

 美紀は美香と金田の看病をしていた。
 梓はホテルに着くと、医師としての仕事を行い、人体改造された者や外科的処置の必要な者を診察している。
 必然、2人の看病は美紀の仕事になった。
 美香の予後は安定し、身体も復調しては居るが、内臓を1つ完全に破壊された為、ベッドから出る事はまだ適わない。
 しかし、美香はそんな中でも、美紀を気遣い、金田を労る。
 優しく微笑み、冗談を言いながら、美紀を責める事など一切しなかった。

 美紀は、そんな姉の側で、看病する事が辛かった。
 姉の気遣いが美紀の心を責め、追い詰めるのである。
 勿論、美紀は美香の気持ちを理解していた。
 美香は美紀の事を、毛程も責めていないし、美紀に責任が有るとも考えて居ない。
 美紀は、それを曲解して、拗ねている訳でも無い。
 ただ、自分が許せないのだ。
 稔が感情を手に入れた事を祝えず、美香の一命が消えなかった事を喜べず、そして全ての原因が自分にある事を謝れない、そんな自分が絶対に許せなかったのだ。

 美紀は今のままでは、美香の側は勿論、稔の側にも居れなかった。
 作り笑顔を浮かべ、美香に冗談を言う自分が、空々しく、腹立たしい。
 いっそ、責めて欲しいと本気で考えて居る。
[美紀のせいで私は女の幸せを無くしたのよ]と罵倒して欲しい。
 憎しみを向けて貰えば、それに対する謝罪を口に出来、行動する事が出来る。
 だが、美香はそんな事は決して口にしない。
 それは、美香もまた美紀を愛し、美紀に思いやりを向けているからだ。
 美紀は、自分の心の落ち着け先を見つけられず、後悔の中で彷徨った。

 そんな美紀を金田は、痛ましそうな目で見詰める。
(美紀ちゃん…解るよ…。私には、それが手に取るように解る。自分が許せず、居場所が解らない…。それは、とても辛い事だよね…)
 金田は梓に向けた恋慕の情で、懊悩していた頃の自分を思い出し、美紀の心中を察した。
 金田は、美香に飲み物を与え終わった美紀に近付き
「美紀チャン…、スコシ…イイカイ…。オフロニ…ハイロウ…」
 合成音で美紀に話し掛ける。
 金田は声帯を破壊された為、声を出す事が出来無くなったが、庵の持って来た機械で、意志を伝える事が出来るように成っていた。
 金田は首にスピーカーの付いた首輪のような物を嵌めている。
 それは咽頭の動きと振動で、電子音を合成し音声を出す機械だった。

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