夢魔
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■ 第32章 崩壊86

 金田はそれを駆使し、美紀に話し掛けた。
 まだ、機械の扱いになれて居らず、辿々しい言葉では有るが、金田の意志は十分に伝わる。
「あっ、パパ。うん、解った、今用意するね」
 美紀は金田の言葉に驚いたが、直ぐに笑顔で金田に答え、バスルームに消えて行った。
「美香チャン…、美紀チャン…ハ…、ワタシガ、ナントカスルヨ…。アマリ、シンパイシナイデ…」
 金田は美香にそう告げると、美香は金田に自分の気持ちが知られている事に驚き
「お父様…有り難う御座います…。美紀を宜しくお願いします…、あの子頑固ですから…」
 金田に心から感謝する。
 美香は嬉しそうに微笑み、その頬を一筋の涙が流れた。

 金田はニッコリと美香に微笑んで、身体を回してお風呂場へ向かう。
 その金田の表情は、重く沈んでいた。
(美紀ちゃんの件が片づいたら…、もう消えよう…。こんな私に出来る、最後の事だ…)
 美紀を慰め、美香を安心させる。
 それが出来れば、もう自分の役目は終わりだと思っていた。
 これ以上、この醜悪な姿をこの親子に晒したく無かったのだ。
 金田は救出されてから、ずっと梓と美紀に世話をされ、供に過ごして来た。
 その中で、梓は依然と変わらぬよう、いや、もっと甲斐甲斐しく金田に接する。

 それは、至福であった。
 誰がどう見ても美しい妖艶な女性が、心からの微笑みを向け、この醜い自分の世話をする。
 拉致されてからも、ずっと夢想し、それを支えに生きて来た。
 そしてそれが適い、今、金田は至福の時にいる。
 だが、それは許されてはいけなかった。
 あの美しい梓の横に、あの可憐な姉妹の横に、この醜い人犬が居て良い筈が無い。
 金田は美紀の笑顔を取り戻せたら、静かに命を絶つつもりで、居たのだった。
 佐山の撒き散らした悪意は、森川家に降り注ぎ、それぞれの心を蝕んでいた。

 美紀は湯張りを終えると、金田を呼びに戻ろうとした。
 だが、金田はもう既に脱衣所で待っている。
「あれ、パパ? 待ってたの」
 美紀は金田を見て、不思議そうに問い掛けると
「アア…、マッテタトイウカ。美紀チャンニ、ハナシガアッタンダ…」
 不思議そうな表情のまま、美紀が金田の言葉に、小首を傾げると金田は話し始めた。
「パパハ、ナガイアイダ、イシャヲシテキタ。ソノナカデ、イロンナヒトタチヲミテキタ、イマカラハナスノハ、ソンナヒトタチノ、ハナシダヨ」
 そう前振りして、話し出した内容は、有る姉妹の話だった。

 仲の良い姉妹が、姉の過失で事故に遭い、妹は子宮を摘出する事に成った。
 妹は結婚したばかりで、まだ子供は居ない状態での、子宮摘出だったが、生命を守る為には仕方が無かった。
 妹は無事退院したが、姉妹の中は元に戻らなかった。
 姉は自暴自棄になりながら、結婚もせず過ごしていたが、妹の夫から有る依頼を受ける。
 それは、[子宮を貸して欲しい]と言う物で、姉は喜んでその依頼を受けた。
 そして、出産するとその姉妹の仲は、以前以上に良くなり、子供を含めて4人で暮らすように成った。
 そう言う内容の話だった。
「コレハ、ヒトツノレイダヨ。ダケド、美紀チャンガ、ズットソノママダト、美香チャンモ、カナシムシ。パパモシンパイダ…。ナニヨリ、稔サマガ、オユルシニナラナイヨ…」
 金田がそう告げると、美紀はシュンと肩を落として、俯いていた。

 暫く俯いていた、美紀の顔がユックリと持ち上がり、金田を見詰める
 その顔は何かを思いつき、固い決意をした表情だった。
「パパ…。お願いが有るの…。私、このお願いを聞いて貰えないと、お姉ちゃんに合わせる顔がない…」
 美紀は表情と同じ、固い声で金田に告げる。
「ナンダイ?」
 金田が問い掛けると
「私を赤ちゃんが出来無い身体にして…。私が、妊娠しないように、卵巣を取って!」
 美紀は金田に向かって、不妊手術を頼み込んだ。

 金田はその依頼を予想していたのか、少しも驚かず
「ソレハ、稔サマノモノヲ、美紀チャンガ、コワストイウコトダヨ…、ソンナコトヲ、スレバ、アノカタハ、ヒドクオイカリニナルヨ…」
 美紀に静かに告げる。
 美紀はコクリと頷き
「解ってます…。稔様が怒る事も、お姉ちゃんがそんな事望んでない事も、全部解ってるの…でも、それぐらいしないと…、私、自分が許せないの…。これは、謝罪なんかじゃない…自己満足なの…[私は、これからお姉ちゃんの子宮として、生きて行く]その決意なの…」
 美紀は涙ながらに、金田に自分の気持ちを告げた。

 金田はその美紀の訴えを聞き、コクリと頷いて
「溝口ニ、タノンデミル。ダレニモ、シラレナイヨウニ、シュジュツシテモラオウ…」
 美紀に告げる。
 美紀は金田の言葉を聞いて、金田にしがみ付き
「パパ、有り難う。大好きパパ…。美紀の気持ち、解ってくれて、本当に有り難う…」
 金田の犬に変えられた顔に、キスの雨を降らせ、頬摺りして感謝する。
 金田は優しい微笑みを浮かべ、美紀の身体を抱きしめた。

 その後、美紀と金田は風呂に入り、美紀は金田に甘えた。
 金田は美紀を優しく慰め、その心を癒す。
(私の人生は、最後の最後に輝いた…。こんな可愛い少女にパパと呼ばれ、献身的な世話を受け、あんな美しい伴侶を得られたなんて…。出来過ぎだ…。思えば、この身体になったのも、天罰かも知れない…。幸せ過ぎる、人生の代償だ…)
 金田は久しぶりに見せる、美紀の無邪気な笑顔を見詰め、幸せそうに微笑んだ。

 美紀は金田の微笑みを見て、またニッコリと笑い
「パパ大〜好き…。ずっと一緒にいてね…」
 金田の首にしがみ付いた。
 金田の胸に、その言葉がズキリと突き刺さり、金田は悲しげな表情を浮かべる。
(それは、出来無いんだよ…。こんな、化け物は梓の横に相応しくないから…)
 金田は美紀と同様、固い決意を崩すつもりは無かったのだ。

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