夢魔
MIN:作

■ 第32章 崩壊88

 そのキャディラックの後部シートに、銀髪の老紳士が座っている。
「こうるさいハエは、早めに潰しておくのが、最良でしょう…」
 老紳士が呟くと、運転席と助手席に座った、ダークスーツの男が頷いた。
 老紳士は携帯電話を取り出し、通話を始める。
「尾行されています。一旦人気の無い道路を走って下さい。こちらで、処理しますから…」
 それだけ伝えると、老紳士は通話を切った。
「彼達と居ると退屈しませんね…。まるで、現役に戻ったみたいです…」
 笠崎は嬉しそうに呟き、内ポケットから拳銃を抜き出した。
 その拳銃は、ハンドガンタイプの麻酔銃である。
 笠崎は点検を終えると、それを再び懐に戻す。
 その時前方を走る大型バスが、進路を変えて山手の道に曲がっていった。

◆◆◆◆◆

 それは、悪夢のようだった。
 いきなり自分の立っている場所が、グラグラと揺れ不安定になり、いつ消えてもおかしくないような感覚。
 盤石だと思っていた物が、只の張りぼてに過ぎないと知ったような感覚。
 自分の見ている景色まで、歪んで行くような感覚。
 佐山は今までに感じた事が無い感覚に襲われ、フラフラと蹌踉めく。
(何だ…、おい…どう言う事だ…。会社が乗っ取られる…?)
 しかし、佐山はそれと同時に
(逃げ出す事は決定してるんだ…。株価が跳ね上がってる、今が好機の筈だ…高値で売り切れば、俺の資産も増える)
 考えを切り替え、成り行きを見守る。

 冷静になった佐山は、現状の分析を始めた。
 佐山は現在、自分の財産の2/3を竹内の所有する会社に投資している。
 佐山の所持する竹内グループの株の占有率は、5%を越えていた。
 その株が、得体の知れない少年の動きと、符合して上がり始め、今では2年前の7倍程に成っている。
 佐山は単純に喜んでいたが、それは有り得ない話だった。
 当時一株1,000円から1,500円、高くとも1,800円程の株価が、平均12,000円に上がっているのだ。
 竹内グループの傘下の会社は全部で70社程、その株の発行部数は、1社辺り10万〜20万株程度で、おおよその総数は1,100万〜1,200万株である。
 その株が、2年で10,000円以上上がったとして、単純に1,200億円以上必要なのだ。
 だが、この竹内グループの総資産は、そんな価値など全く無い。
 土地建物、設備備品、人材価値、パテント料どれ程合わせても、200億円を超える事は無いのだ。

 だが、現実こうして株価は上がり続け、張り裂けそうな風船程膨らんでいる。
 これが何を意味するのか、全く理解出来ていなかった。
「資金が底を付きました。これ以上株を買い続ける事は出来ません…」
 証券会社の課長がそう告げた時、佐山はそれを理解した。
(ま、まさか…。俺達に株を買わせない為に…、株価を上げたのか…)
 佐山が愕然とすると、伸一郎はボソリと呟く
「こんな時の為に、裏金は用意している。今、金を作ってやる」
 ニヤリと笑って、携帯電話を取り出した。

 伸一郎は会社に電話すると
「おい、直ぐに信用組合の貸し金庫から、クズ共の通帳と裏金を持って来い。それと、信用組合の支店長を呼べ」
 秘書課長に指示を飛ばした。
 伸一郎は悠然と腕組みをし
「200億ほど用意する。何%買える?」
 証券会社の課長に問い掛けると
「200億円ですか…10%は、買えると思います。それだけ有れば、取り敢えず半数は超えますし安心でしょう」
 証券会社の課長は、ホッと息を吐きながら答える。

 暫くすると伸一郎に、一本の電話が入る。
『大変です、会長! 貸し金庫の中に有った、全ての土地権利書と通帳が一切有りません。忽然と消えています』
 電話口の秘書課長は、焦った声を上げ、伸一郎に報告する。
 伸一郎は眉毛を跳ね上げ
「何を馬鹿な事を言ってるんだ! 貸し金庫に入れた物が無くなる訳無いだろう!」
 秘書課長を怒鳴りつけた。
『で、ですが、現実に金庫の中は全部空に成っています。何処にも、何も入ってないんです』
 秘書課長の必死の言葉に、伸一郎は愕然とする。

 証券会社の課長は、伸一郎の顔を見て理解し
「何が有ったかは知りませんが、現金が用意出来ないなら、株券を担保に入れるしか有りませんね…」
 伸一郎に静かに告げた。
 証券会社の課長の言葉に、伸一郎は眉を顰めると
「それは、リスクが高すぎる…。株価が急落した場合、それをフォローする金が必要に成る」
 証券会社の課長の意見を、一蹴した。
「それでは、このまま会社を乗っ取られるのを、指をくわえて見て居るんですか?」
 詰め寄る証券会社の課長の言葉に、口をへの字に曲げた伸一郎。

 苦虫を噛み潰し、判断に迷った伸一郎に、佐山が指示を出す。
「買える方法が有るなら、それで買え!」
 佐山が命令すると、伸一郎は途端に株券を担保にした。
 伸一郎は自分の会社の株23%と良く知らない会社の株券を担保に入れる。
 それにより、伸一郎は額面の80%、600億円の融資を得る。
 その金額を全額、株の購入に回した。

◆◆◆◆◆

 純はいきなり動き出した、株式市場を見ながら
「お〜お…、形振り構ってねぇな…。この金額から行くと、株券を担保に入れたな…。先ずは、第1段階終了っと…」
 純はニヤリと笑って、絵美を引き寄せる。
「純様〜…凄く、顔つき悪いですよ…。悪巧みしてます〜?」
 絵美は、全裸で純の膝に上半身を預け、純に問い掛けた。
「ああ、悪巧みしてるぜ…。最高に楽しい悪巧みだ…」
 純はニヤニヤと笑いながら、愛しい奴隷を抱きしめ、その唇に自分の唇を重ねた。
「ああん…。純様のそんな顔…とっても素敵…、だって言い方は悪いけど、みんなの幸せの為になさってるんですもの…。絵美にはお見通しですよ〜」
 絵美は楽しそうに純に告げると
「知ってるさ。だからお前は俺の横にいるし、俺はお前を愛してる。お前がいつも俺を見て、その全てに応えてくれる…。我が儘な俺には、お前は最高のパートナーだ…」
 純の素直な甘い言葉に、絵美は驚くが
「あん、純様の意地悪…。また私をからかって遊びましたね…もう…」
 絵美は直ぐにそれに気づき、純に抗議する。
「いいや、遊んでない。俺は本当にそう思ってる…」
 純は絵美を押し倒して、その身体の上にのし掛かった。
 絵美は幸せそうな微笑みを浮かべ、純に身を預ける。

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