夢魔
MIN:作

■ 第32章 崩壊89

 アメリカの高級住宅街で、1人の老人が日本の株式市場を観察していた。
「ほう、この株価の動き方…あの小僧、何が何でもあの会社を奪い取るつもりだな…。と言う事は、この会社何か他に有るな…、表に出ない資産価値…。面白い…儂が貰ってやろう…」
 痩身の老人がニヤリと笑い、電話を手にする。
 マーシャル・J・フォックス、ジェネシス社金融担当副社長は、純の株価操作を見ながら横取りを考えた。
 そして、同じように残りの3人の副社長達も、行動を起こした。
 4人の副社長は、それぞれが400億円を超える個人資産の持ち主である。
 本気で、金を使えば日本の小さなグループ会社など、ひとたまりもなかった。

◆◆◆◆◆

 真は久しぶりに、総本山に戻って来た。
 だが、その本山の雰囲気は、真の知っている物とは、明らかに違う。
「これは…、どう成ってるんだ?」
 真は驚きながら、呟いていた。
 真の記憶に有る[御山]は、深い森と厳粛な雰囲気を醸し出していたが、今は森は切り開かれ、重機がやかましいエンジン音を立てている。
 そして、傍らに立つ看板に[○○バイパス道路建設予定地]とでかでかと書かれていた。

 真は看板を尻目に、先を急ぐと本院の門前で、長老達と作業服の一団がもめている。
「良いですか! あなた方が何と言おうと、ここは国有地で、ここには道路が通るんです。これは、国の決定なんです。だから、貴方方は、速やかに立ち退きをして下さい」
 作業服の一団の先頭に立つ男が、長老に言い切ると踵を返して帰って行く。
 真とすれ違う時に
「全く…何が、立川流だ…。こんな所に、寺が有るなんて、聞いてないぞ…」
 ブツブツと呟きながら、帰って行った。
 真は顔を戻し正面を見ると、長老と目線が合う。
 その目線を切る事無く、頭を下げた真に、長老は鷹揚に頷いた。

 真は直ぐに本堂に入り、事の経緯を知らされる。
 それは、ごく単純な話で、この山の所有者がその権利を国に売り、山を買った国が道路を通すと言う話だった。
 真達の流派はこの土地を代々所有者の善意で、借用し過ごしてきた。
 真達の流派の者が山を整備し、管理する代わりに土地を借りる。
 それは、暗黙の内に代々受け継がれていた筈が、今の代の所有者が、何の話しも無く山を売った。
 それを買った国が、道路建設を行い、立ち退きを命じてきた。
 それだけの話である。
 だが、それは流派にとって、死活問題であった。
 ここを追い出されてしまうと、流派の存続など維持出来ない。

 説明を終えると、長老は大きな溜め息を吐き
「儂等は、これからどうすべきかの〜…。この問題に比べれば、お前の抱えた事情など取るに足らん…」
 真の中に有る[邪気]を示して呟いた。
 真は暫く考えると、口を開く
「爺様…私が今いる場所に、良い山が有ります。そこの所有者を捜して、交渉してみては如何でしょうか?」
 真はいつも入り、薬草を採ってくる山を長老達に話すと
「良い山か…。儂等を受け入れてくれるなら、何処にでも行こう…。お前も野に下って感じたじゃろう…、儂等は人の世に入り込んではろくな事には成らん…。今修行している、50人からの男が野に放たれて見ぃ…。考えただけでも、恐ろしいわ…」
 長老がそう告げると、大きな溜め息を吐く。

 長老の言う事は尤もである。
 今修行をしている50人の内、10人が上級者で、真程ではないが[気]を操る。
 それが、何の規制も無く、町の女性に手を出せば、結果は火を見るよりも明らかだった。
 それ以上に怖いのは、その伴侶として生きている女性達である。
 彼女達の性技を解放してしまったら、間違い無くパニックが起こる。
 それ故、野に下る場合は厳格な戒律を守るか、力を封印するしかないのだ。
 長老は言うだけ言うと、手を叩き合図する。
 すると、本堂の障子が開いて1人の青年が頭を下げて入ってきた。
 その青年はガッシリとした体躯に、意志の強そうな目と分厚い唇が印象的だった。
「篤(あつし)、お前は悟(さとし)、整(ひとし)と供に真を手助けして来い。真、お前はこの窮地を救ってみろ」
 長老は入ってきた青年と真に命令する。

 本堂を出た真と篤は寺の庭を見詰めながら
「真さん…それ、どうするつもりです…。私は納得出来ません…、貴方程の人が、どうしてそんな[邪気]を…」
 篤は真の背中に向かって問い掛ける。
「ふ〜ん…、止むに止まれぬ事情です…。私は、宗派の宗家を降りようと思っています。そして、そのまま野に下るつもりです…」
 その言葉を聞いて、篤の目が大きく見開かれ
「な、何を馬鹿な事を…。お願いします、真さんもう一度考え直して下さい」
 真に懇願した。

 真は微笑みを湛えながら俯くと、ユックリと首を左右に振り
「私は、どうしても手放せない至宝を見つけました。それを得られるなら、私には何一つ必要有りません」
 篤に伝える。
 篤は表情を険しく歪めながら
「認めません」
 唇を噛んで、呟いた。
「篤、それ以上言っても駄目だよ、真さんが頑固なのは、お前も良く知ってるだろ…」
 中肉中背で愛嬌のある顔立ちの1人の青年が、近付きながら篤に話し掛ける。
「整…元気そうですね…」
 真は青年に笑いかけた。
「ええ、真さんもお元気そうで何寄りです…。真さんのお手伝い楽しみにしてますよ」
 整はニッコリと微笑むと、真に頭を下げる。

 すると、山門の方から小柄な青年が走って来て
「ねぇ、真さん早く行こうよ。色々しなくちゃいけないんでしょ?」
 無邪気に笑う。
「ええ、そうですが。その僧服では、ちょっと困りますよ。悟、私服に着替えて下さい」
 真はニッコリと微笑んで、悟に告げた。
 3人とも美男子とは言わないが、独特な雰囲気を纏っていて、かなりの存在感を持っていた。
 3人は真の指示を受け、私服に着替えると手ぶらで、真の後に続く。
 この3人は真の次に実力の有る修行僧で、真を兄のように慕っている。
 真とは同じ名字だが、皆、それぞれ分家の嫡子で有った。

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