夢魔
MIN:作

■ 第32章 崩壊96

 その身体が、手すりの向こうに泳いだ。
「おい、人騒がせだぞ」
 その時低い声で庵が言い、ロープ片手に金田を抱え、鉄柵を掴む。
 騒ぎを聞きつけた庵が、下の階のバルコニーからロープを使って、屋上に出ていたのだ。
 庵は金田を抱えたまま、鉄柵をヒョイと越え、金田を床に下ろす。
 稔は金田に駆け寄り、その身体を抱きしめて
「もう、もう二度とこんな馬鹿な真似は許しません。お願いだから満夫、僕を悲しませないで下さい…」
 金田に命令した。
 金田は、今、命じられたばかりだが、[いつ死んでも良い]と心から思っていた。

 そして、そんな金田に、梓が俯きながらピタピタと足音を立て近付き、ペタンと床に座り込むと
「馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿! 旦那様の、大馬鹿!」
 涙をボロボロ零しながら、ポカポカと金田の頭を叩き、ギュッとその頭を豊満な胸に抱え込んで
「旦那様が居なくなったら、みんなが悲しむんですよ…。私は、旦那様の妻なんですよ…。あんな事したら、本当に追っ掛けちゃうんだから…」
 金田の頭を抱きしめ揺さぶった。
 金田は梓の胸の圧力で、本当に窒息死しそうに成ったが、それは男の本望かも知れない。
 梓は金田の頭を放すと、正面から見詰め
「旦那様、今日はお説教です。この事は、美香や美紀にも伝えて、3人でお説教です」
 金田に宣言した。
「ハイ、ワカリマシタ…」
 金田はシュンと項垂れ、梓に謝罪する。

 稔は大きな息を1つ吐き、スッと立ち上がると
「仕事に戻りましょう…」
 何事も無かった様に解散を命じた。
 良く見ると、そこには黒沢を始め、奴隷教師や溝口も居た。
 庵が金田を追い抜く時スッと横にしゃがんで靴ひもを直す。
「稔さんにあんな顔させたのも、あんな事言わせたのも、お前が初めてだ…。お前、なかなかの者だ…」
 金田の耳元に囁いて、立ち上がりスタスタと歩いて行った。
 金田はその言葉にも感動を覚え、二度と馬鹿な事はしないと誓う。
 それはその夜、梓、美香、美紀を交えた、説教会で更に強くなった。
 最後に溝口が金田を待ちかまえ
「何でお前だけなんだ。何かムカつく、後で殴らせろ」
 傷を見る振りをしながら、ふて腐れて言った。

 金田はこれを機に、自分の姿を隠そうとしなく成った。
 それは、金田の心の中で、稔が自分を必要だと、言った言葉が大きな支えと成ったからだ。
 金田は同じ人体改造をされた、者達の元へ行き、その心のケアに努めた。
 そんな金田は、メイド達の中でも人気が出始める。
 自分達より、酷い事をされながらも前向きに生き、稔にあれほど信頼され、大切にされる金田を尊敬し始めたからだった。
 金田はそんなメイド達に触れ、疵の回復を供に喜び、希望を説いた。
 そんな行為は、メイド達を強く励まし、大きな信頼も得る。
 こうして、金田は[疵有る者]のパパに成って行った。

◆◆◆◆◆

 木曜日の株式市場が開くと、証券会社の課長が青い顔をして飛んで来た。
「竹内さん! 大変です。と、倒産しています!」
 証券会社の課長は、開口一番伸一郎に告げる。
 伸一郎と田口は、昨晩飲み過ぎてしまい、酒に酔った目で、課長を見詰めた。
「何を言ってる…。儂の会社は、まだ潰れて等おらんわ…」
 酒臭い息を吐きながら、証券会社の課長に文句を言う伸一郎に
「ち、違います。竹内さんが担保に入れた、他の会社株…。その全ての会社が、倒産したんですよ!」
 慌てた証券会社の課長の言葉が、アルコールに侵された脳みそに浸透すると、伸一郎の顔が蒼白に成る。
「何だと!」
 一声叫んで立ち上がった伸一郎だが、直ぐに膝の力が抜け、ガクリとソファーに座り込む。

 田口も同じく青い顔をして、証券会社の課長に問い掛ける。
「が、額面はいくらなんだ…」
 田口のワナワナと震える質問に
「200億円です…」
 証券会社の課長は苦しそうに、告げる。
 その金額を聞いた田口は愕然とした表情に成り。
「儂の土地の半分が、消えたと言う事か…」
 ボソリと呟いた。
 証券会社の課長は、田口の言葉に無言で頷き、肯定する。
「今の持ち株数で行くと、株価が3200円落ちてしまうと、残りの200億円も消えてしまいます…」
 証券会社の課長は、苦しそうに呟いた。

 3人が項垂れている所に、佐山が学校から艶々な顔をして戻って来る。
「何だ…、どうした? 辛気くさい顔をして、何か有ったのか?」
 佐山はもう執事長の顔を止め、素の自分を出していた。
 そんな佐山に、証券会社の課長が、状況を説明する。
 証券会社の課長の説明を聞いて、佐山の顔が流石に引きつった。
「おい、それじゃ、その200億円が消えたら…、どう成るんだ…」
 佐山が震える声で、問い掛ける。
「はい…、残念ながら、保有している株が売りに出されます…」
 証券会社の課長が即座に答えた。

 この時純は、一株20,000円台で45%程の株を売却していた。
 その売却益1,000億円近くを全て保証金に回し、信用売りを仕掛ける。
 そして、株価の急落が始まった。
 竹内グループの株価は、急転直下を始める。
 一株20,000円を超えていた株価が、1時間でストップ安の15,000円台迄落ちた。
 翌日も、信用売りを行い株価は見る見る下落し、一株11,000円台まで落ちる。
 土曜日の株式市場が開いて直ぐに、3度目の信用売りが始まると、30分でストップ安の8,000円台に成る。
 そして、竹内達の株は信用組合に押さえられ、全てが売却され市場に流れた。
 フォックス達はその株をそれぞれ20%に成るまで購入する。
 4人は、それぞれ資産の400億円を投入し終えたのだ。
 勿論、それは腹心の部下の最後の仕上げだった。
 4人はその仕上げをした後、会社を辞め日本に就労ビザで渡る。
 そして、純は電話を一本掛けると、パソコンから各種メディアに伸一郎の悪行を公表した。
 それは、伸一郎の殺人から、グループ会社の極悪な雇用形態、不正経理や粉飾決算迄、学校に関する事以外、全てで有る。
 マスコミはそれに飛びつき、大々的な放送に踏み切り、検察と国税局が動き出した。
 竹内グループは、致命的な大打撃を受け、企業としての機能を失くす。
 全ての権力が崩壊し、竹内伸一郎は無一文の老人に成り果てた。

■つづき

■目次4

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊