夢魔
MIN:作

■ 第33章 終幕5

 西は開き直って、純の糾弾を認め、[有罪]を確定させる。
 純は西の態度から、西がしらばっくれるつもりで居る事を理解しながら放置した。
(世の中、お前が考えてる程、甘かねぇぞ…)
 純は笑いを噛み殺しながら、私設裁判を続けて行く。
 純は次に伸也を呼び、その罪を連ねる。
 伸也の罪は、同級生に対する虐めがメインで、町で行った非道な行動なども公表され、全員が眉を顰めた。
 それは、自分の望みを子供が駄々を捏ねるような精神の幼さで、行った事に対する反感であった。
 2,229人全員が思った。
 [こいつ、馬鹿じゃない…。赤ん坊か]と。
 その通りだった、竹内伸也は馬鹿なので有る。
 およそ、常識という物が欠落していたのだ。
 母親は居らず、父親は根っからのサディストで、伸也が物心付いた頃には、誰1人伸也に躾をする者は居ない。
 そんな中、伸也が6歳に成る頃から、父親の性癖は加速し、人を人と思わない人間に成って行った。
 純はその伸也の生い立ちを説明し、この馬鹿が出来上がった経緯も説明した。
 その内容は同情も呼び、それ程の罪も感じられ無く、60%が[有罪]とする。

 純はここで、一度私設裁判を区切り、溜め息を吐いて仕切り直す。
 そして、口を開くと有る男の話を始める。
「みんな、10年前に居た、Mr.Sってマジシャン覚えてるか? そう、催眠術を得意とした、あのマジシャンだ…」
 純がその名前を口にすると、1人の男がビクリと震えた。
「催眠術って、掛かった事の無い者には、眉唾だよな。[有る訳無い]とか[絶対嘘]とか[やらせ]だって、思ってる筈だ。だけど、それは本当に有る話なんだ…。全員が本当は経験している…。ただ、それを認識していないだけだ」
 純はそう切り出すと、淡々と話し始める。
「誰でも、一度は経験した事があるだろう[誤認]や[勘違い]…。そこに、[有る]のに[無い]と感じる事、逆にそこに[有る]のに[無い]と思った事。それを人為的に引き起こす、技術が催眠だ…。これは、掛ける深度は才能に左右されるが、誰にでも出来る事だ。そして、ここから先はそれに操られた人間の裁判だ…」
 純はそう言うと、スッと視線を持ち上げ、右側に並んだ5人を見る。

 その内4人は、怪訝そうな表情で純を見ている。
 [こいつ、何を言ってるんだ?]4人の目線はそう問い掛けていた。
 純はその視線を受けながら、大きく頷き稔を呼んだ。
 稔はコクリと頷いて、4人の目の前に有る携帯電話を翳して、待ち受け画面を見せる。
 すると、4人の表情が虚ろに変わり、視線がぼやけた。
「さぁ、全ての暗示は消え去ります。そして、全ての行動を認識出来ます…」
 稔が4人の暗示を解き、催眠状態から引き戻した。
 4人は身体を一様に跳ね上げ、顔を驚きに歪める。
 そして、四者四様の表情を浮かべた。

 真っ赤に顔を染め、鋭い視線で佐山を睨む田口。
 苦悩の表情を浮かべ、歯噛みする榊原。
 真っ青な表情で項垂れる、柏木。
 慚愧の念で身を切り刻む、伸一郎。
 4人は催眠術に掛かった状態で、何を自分がしたか認識した。
 それぞれの表情は、罪の重さだった。

 純は田口を飛ばし、榊原の名前を呼んだ。
 名前を呼ばれた榊原は、ユックリと顔を上げ、全てを観念した表情を純に向ける。
「榊原刑事…確かに、金に困ってたな…。6年前、嫁さんの病気が原因とはいえ、手を染めたのは不味かったぜ…」
 純がそう言うと、榊原はフッと鼻で笑い
「理由は有った。だが、俺は自分を止められなかった…。俺は、警察官として…いや、人としてやっちゃいけない事に手を染め過ぎた…。事件の揉み消しや裏工作、被害者の恐喝や口封じ…証拠の隠滅やアリバイの偽装、公文書偽装なんかもやったな…。何でだろうな…。いや、どうでも良かった…」
 ボソボソと自分の罪を告白した。
「操られたからさ…。あんたの、心の隙間に入り込み、ねじ曲げ操られたんだ…あんたはな…」
 純がボソリと呟くと、榊原はフッと頬を緩め
「良いよ…。何の助けにもならねぇ…。有るんだろ、証拠? …それを提出してくれ。おれは、公務員として縛につくわ…。それで勘弁してくれ…」
 自らの罪を認め、公の場で罪を購う事を約束する。
 純は頷くと庵に目配せをした。
 庵はスッと動き出し、榊原の拘束を解くと、どこかへ連れて行く。
 榊原は消える寸前ピタリと足を止め、純に振り返ると
「あんた等の仲間の爺さん。生きてると思うが伝えてくれ[済まなかった]って…」
 玉置に対する謝罪を告げ、手を振って闇に飲まれる。
 壁に映し出された、PC画面からスッと榊原の円グラフが消えた。

 純は残った4人に向き直ると、裁判を再開する。
 次に呼ばれたのは、柏木だった。
 柏木は名前を呼ばれた瞬間、ヒッと喉を詰まらせる。
「よう…、お前…催眠術で、操られる以前に…歪んでるな…。最悪の組み合わせだわ…」
 純は開口一番、柏木に向かって告げる。
 その言葉を聞いた柏木は、顔を上げると
「私は悪くない! 私は、操られただけなんだ! 絶対に悪くない!」
 おもむろに叫びだした。
 3人はその言葉を聞いて、スッと表情を消し、稔の雰囲気が氷の様な冷たさを帯びて、庵が獣の殺気を纏う。
 だが、尤も恐ろしい雰囲気を湛えたのは、他ならぬ真だった。
 真は地鳴りがしそうな憤怒の表情を浮かべ、柏木を見詰めている。

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