夢魔
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■ 第33章 終幕6

 地下駐車場のスペースに居た、唯一まともだったキサラは、この5人の変貌に正直竦み上がって居た。
(何、何、何…ここどこよ…。何なのこの雰囲気…。真ちゃん迄…おっそろしい〜…。うわ、駄目…チビリそう…)
 キサラは自分の心の中で、敢えて茶化した言葉を選び、ジリジリと後ずさって行った。
 真剣に対応してしまえば、その雰囲気に飲み込まれ、自分が動けなくなる事を自分で認識していたからだった。
 キサラは、心に余裕を無理矢理作り、自分が落ち着ける範囲まで下がる。
 すると、キサラの背中をドンと、無機質の大質量が叩いた。
 駐車場のコンクリート壁だった。
 キサラはそれを確認し、稔達との距離を見直すと、20m程の距離を取っていた。
 その物理的空間を認識して、キサラはやっと一息吐けた。

 しかし、柏木はそのプレッシャーをかわす事が出来無かった。
 身動き1つ出来無い状態で、真正面から4人の怒りをぶつけられる。
 柏木は大きく目と口を開き、涙を流しながら大小便を漏らす。
 純はそんな柏木を見て、スッと手を挙げると
「止めろ! こいつの気が振れちまう…。そんな楽な場所に、逃がして良いのかよ…」
 3人に静かに告げた。
 3人は我に返り、柏木から視線を外して怒りを収める。
 [かふ〜、ふひ〜ひ〜]と、柏木は酸素を貪り始め、[ぜぇぜぇ]と荒い息を吐いた。

 柏木の呼吸が戻ると、純は柏木の罪状を話し始める。
 それは、催眠術に掛かる前から、酷い物だった。
 入院患者に対する暴行、恐喝、強要、詐欺、あらゆる行為を用いて、肉体関係を迫り、口を噤ませる。
 それがバレそうに成ると、罪を金田に擦り付け、金田を拉致し口を塞いだ。
 それも、最悪の口の塞ぎ方だった。
「正直、俺はこのおっさんを人目に晒したく無かった…。けど、おっさんの絶っての希望で、出て来て貰う…。この姿を絶対に口外しないでくれ。それだけが、俺の頼みだ…」
 純はそう言うと、闇に向かって手招きをする。
 闇の奥からピタピタと足音がして、四つん這いの男が現れた。

 それは、人犬にされた金田だった。
「このおっさんは、前医院長の金田だ…。この狂人にここまで、身体をいじられた…。もう、元の身体には戻る事が出来無い…。この馬鹿は、このおっさんの他に、6人の女性も改造してる。それは、あんた達にも見せられない」
 純が苦しそうにそう告げると、金田の後ろからピタピタと複数の足音が続いた。
 それは、純が今[見せられない]と宣言した、人体改造の被害者だった。
「お、お前等…」
 純が絶句すると、先頭に立った金田が、口を開く。
「工藤様、すみません。彼女達の、希望で、ここに、来て貰いました。ここに居る、この子達の、姿は、ひょっとしたら、貴女達、だったかも、知れないと、教えたかった、そうです…」
 金田が音声装置を使いながら、カメラの向こうのオーディエンスに訴えると、彼女達は悔しそうに身体を晒して、柏木の非道を訴えた。

 純は直ぐにカメラの前に身体を割り込ませ
「もう良い! 十分に解った! だから、戻ってくれ…」
 人体改造された女性達に懇願する。
 女性達は純の気持ちを痛い程理解し、頭を下げて闇の中に戻って行く。
 金田は稔、庵、真と順番に頭を下げ、最後に純を見詰めると
「彼女達の、思い、汲んで、下さい…」
 辿々しく告げて、深々と頭を下げる。
 純が返事を返すと、金田はクルリと身体を回し、闇の中に消えて行った。

 純は金田を見送ると、クルリと柏木に視線を戻す。
 すると、柏木は態度を一変させていた。
 さっき迄前屈みに俯き、気弱げに項垂れていた柏木は、椅子にふんぞり返って、しきりとズボンの汚れを気にしている。
「てめぇ…何してんだ…?」
 純が流石に苛立ちを見せ、柏木に詰め寄ると
「んあっ? どうせ、殺されるんだろ? なら、しゃぁ〜ねぇ〜な…。って言うか、つまんねぇ茶番だな〜…」
 太々しい態度で純に返した。

 純は一瞬怒りに顔を染めたが、直ぐにそれを理解する。
「んだ、それがお前の本性か…。解り易い屑だな…」
 純は鼻で笑うと、稔も肩を竦めた。
 柏木は追い詰められ、言い訳が聞かないと悟った瞬間、被っていた猫を脱ぎ去ったのだ。
 柏木は本来、伸一郎に近い残虐性を持っていたが、それを幼少より抑圧し、ねじ曲がってしまった。
 それが、今までは少しずつ漏れだし、悪事を重ねていたのだが、佐山の催眠で捌け口を見つけ、一挙に吹き出したのだ。
 純はチラリと円グラフを確認すると、それは100%からピクリとも動かない。

 純は肩を竦めて、鼻で笑うと
「ああ〜、お前もう良いわ…。お前には俺が特別な罰を用意してやる。楽に死ねると思うなよ…、お前の口癖が[殺してくれ]に変わっても、絶対に死なせない」
 冷たい双眸を向け、柏木に宣言する。
 柏木は純の瞳の冷たさと暗さに震え上がり、顔面を蒼白に変えた。
「な、何だよ…それ…聞いてないぞ…。止めろ…何処に連れてくんだ…。止めろよ〜…。早く殺せ〜!」
 闇の中に引き摺られながら、柏木のむなしい声が響いた。
 壁に映された柏木の円グラフが、フッと消えて行った。

 純は柏木を見送り、顔を残った4人に向けると、俯いて首を2・3度捻る。
 コキコキと小気味の良い音を立て、首を鳴らすと、溜め息を1つ吐きスッと視線を上げ、伸一郎を見詰めた。
 伸一郎は、その純の視線を真っ直ぐに受け止め
「何も云わんで良い…。全部儂のせいじゃ…。この市がおかしく成って行ったのも、全部儂の欲望が原因じゃ…」
 ボソリと静かに呟いた。
 純は伸一郎の告白を聞くと、煮え切らない顔をして、ボリボリと頭を掻き始める。
 純は頭を掻いていた手を、おもむろに下ろすと、稔を振り返り
「後頼むわ…」
 その後の進行を任せた。
 稔はコクリと頷くと、一歩前に進み出し、静かな口調で話し始める。

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