夢魔
MIN:作

■ 第33章 終幕7

 純に変わって稔が前に出てくると、ピンと張った緊張感が場を支配する。
 稔は伸一郎を真っ直ぐ見詰め、ユックリと口を開いた。
「貴方が、行ってきた暴虐と言われる行為。それは、貴方の中で有った、サディズムを誇張された物です。どこから何処までがそれであると、ハッキリと線は引けません。ですが、貴方は10年間に渡り、その精神を蝕まれ続けました。今、貴方が見せた潔さが、本来の貴方の心です」
 稔がそう告げると、伸一郎は雷に打たれた様に震え、ボロボロと涙を流し始めた。
 そして、稔に向かい、この10年間の自分の自分の所業を語り始める。
 それは、凄惨の一言だった。
 大量殺人者と言っても過言では無い量の人間を殺し、その遺体を処分した。
 自分自身で、それが許されざる行為だと、認識しながら、一切止められない自分が怖かったと告げ、号泣する。

 伸一郎もまた被害者で有った。
 歪んだ人間に寄生され、その身に毒を送り込まれ、痛みと苦しみを感じながら、暴走して行った。
 その10年の月日は、自分自身を苛み、心を歪め、自分自身の考えと認識しなくては、とても精神が持たなかった筈である。
 それを熟知していた寄生者は、宿主の進む方角さえコントロールし、歪めて行った。
 伸一郎は、言わば悪意有る御者に操られる馬車の様に、非道の暗闇を走り、罪無き人々をその蹄で引き裂き、車輪に巻き込んだのだ。
 その感触、届く悲鳴、恨みの眼差しを一身に受け、伸一郎は寄生者の矢面に立っていた。
 それを寄生者はほくそ笑みながら、影に隠れて操った。

 常識として、有り得ない話である。
 だが、この天才心理学者はそれを一目で見抜き、本質を露見させた。
 稔の言葉は、慈雨の様に伸一郎の心に降り注ぎ、悪意有る寄生者の毒を流し清める。
 伸一郎はさめざめと泣きながら、稔に全てを告白した。
 それは、一枚の仏画の様に荘厳な雰囲気を醸し出した。
 どうしようも無い悪人が、高僧に説法され悔い改める。
 そんな、情景に似ていた。
 蕩々と告白し終えた、伸一郎はその顔を上げ、稔を見詰める。
 稔を見詰めた、伸一郎の表情は、どこか晴れやかで、すっきりとした物に変わっていた。

 伸一郎は[ふぅ]と大きく息を吐き、落ち着いた表情で
「何か、とても楽になりました…。有り難う御座います」
 稔に深々と頭を下げる。
 稔もその礼に頭を下げ返すと、伸一郎は顔を上げ
「警察に出頭して、全て話します。私の犯した罪は、罪です。それで、殺してしまった方が、浮かばれるとは思えませんが、あちらに行ってお詫びします…」
 稔に落ち着いた声で、自分の気持ちを告げた。
 稔はフッと後ろを振り返り、にこやかに伸一郎に笑いかけると
「良かったですね。まだ、償いの道は有るようですよ…」
 壁を指さし、伸一郎に示した。
 壁の円グラフには、伸一郎の[有罪]は40%と記されていた。
 伸一郎はその結果を見詰め、顔を両手で覆い、号泣する。

 伸一郎の号泣を馬鹿笑いが遮った。
「何が楽しいんだ、こんな茶番! 好い加減にしやがれ!」
 佐山は馬鹿笑いした後、怒鳴り声を上げる。
 真っ赤な顔をした佐山は、稔達に向かって
「俺に何の罪がある? 催眠術か? 立証してみろよ…。どうやって、説明するんだ?[俺が殺人を命じました]、はいそうですかって、誰が信じる? 利害関係じゃ、おっさんの方が、遙かに上だぜ。おっさんは雇用者、俺は只の執事だ。日本の国内じゃな、俺を裁ける法律なんて無いんだぜ!」
 佐山は自信満々で、稔達に捲し立てると、純が何か言いかける稔を手で制し
「お前、それが何にも成らない事…理解してるよな…。そんな、口先だけの言葉で…法律云々で…この場が動いて無い事を…理解してるよな…」
 静かに、静かに説き伏せる様に、佐山に告げる。

 純の瞳は言葉の穏やかさに反し、爛々と射抜く様に佐山を捕らえ、佐山の顔を引きつらせる。
「お前最初の話し、聞いて無かったのか?[ここには法律なんか関係ない]俺確かそう言ったよな?」
 純の静かな言葉は、佐山の頼みの綱を真っ二つに叩き切った。
 佐山は[催眠の犯罪性]を立証出来ない、現法律を隠れ蓑にしていた。
 もし、犯罪自体がバレても、直接手を下さず、利害関係もない立場に居れば、罪に問われる事など無いのだ。
 だが、それは公の捌きの場で有って、こう言った私設裁判では通用しない。
 ましてや、同じ催眠の専門家が居れば、言い逃れなど出来無いのだ。
 佐山は言葉を詰まらせると、フッとそっぽを向き、口を閉じた。

 純は口を閉ざした佐山を無視して、その罪状を細かく話し始める。
 それは、今までの過去から現在に向かう話し方では無く、反対の現在から過去に向かう話し方だった。
 純は佐山が催眠を掛け、メイド達やマンション奴隷達を縛り上げていた事や、伸一郎の加虐心を加速させる女性達を集めた事等を話し、伸一郎と知り合う10年前迄を掻い摘んで話した。
 純は話し終えると、[ふぅ]と溜め息を吐き
「しかし、良くお前もこれだけ毒牙に掛けられたな…、ザッと計算しただけで500人超えてるぞ…」
 ボソボソと純が呟き、再び話を始める。

 そこから先は、お父さんお母さんの耳には、興味深い芸能裏話も混じっていた。
「10年前、一世を風靡して消えた、催眠術師Mr.Sもお前だよな? バックれても調べは付いてる。っでよ、その中で、毒牙に掛けた芸能人…。お前、まだ繋がってるんだな…。この頃、携帯電話なんか無かったろ…」
 純はそう言いながら、佐山の携帯電話を操作して、次々に行方を眩ませた、女優や歌手、モデルの名前を見つけ出す。
 佐山はギリッと歯噛みをして、純を睨み付けるが、純は何処吹く風で携帯電話を調べまくる。
「おいおい。この人は、まだ現役じゃん…。あれ? これって、新人の子だろ…。お前、まだコソコソ芸能界に、コネ残してるんだ…。おっそろし〜い…」
 純の口調は軽薄その物だったが、その視線は鋭さを増し、佐山を睨め付けていた。

 純の口が止まり、携帯電話を閉じて肩を叩くと、佐山は純の顔を真正面から睨み付け
「だから何だ…。お前には、関係ないだろ…」
 絞り出す様に、言い放つ。
「関係? 大ありだよ…。こいつ等の居る、芸能プロダクション…。もうじき、ジェネシス傘下に入るんだぜ…」
 純はスッとぼけた言い方で、佐山に告げた。
 佐山は純の言葉が理解出来ず、困惑した表情を向ける。
「あっ、まあ、良いや…。で、お前の話だったな…。お前、学生の頃から、酷かったな…。大学院で、若い女の患者、見境無く食ってたろ? だから除籍処分に成るんだよ。言い逃れしても、無駄。こっちは、全部調べ上げてるんだ。なあ、佐川正治さんよ…」
 純はそう言いながら、佐山の本名を突きつけた。
 佐山はその言葉を聞いて、グゥの音も出なく成り、ガックリと項垂れる。

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