夢魔
MIN:作

■ 第33章 終幕25

 分院から救出されて2ヶ月が過ぎた、久美の家族はその治療を終え、ほぼ元通りに成った。
 薬物に依り崩壊した自我も、稔と真の治療でほぼ元通りに成り、一見以前と同じように見える。
 だが、この水無月家の家族は、全員が強いSM性に目覚めてしまった。
 母親は感覚神経が元に戻りきらず、未だ痛みを快楽に感じてしまう。
 父親は加虐心を目覚めさせ、兄は服従を快感に感じるように成ったままだった。
 そして、久美は未だ自我が戻らない。

 金田総合病院で久美を診察し、稔が大きく溜め息を吐くと、診察室の扉がノックされた。
 稔が振り返ると、診察室の中に純が立っていた。
「どうした…。お前でも、お手上げなのか?」
 純は稔に問い掛けると、稔は項垂れて
「ええ、何度やっても、自我が見付からず、手の打ちようが無いんです…」
 再び大きな溜め息を吐く。
 目の前で頭や額にコードを付け、仰向けで横になっている久美は、いつものように、美しい白百合のような微笑みを浮かべ、天井を見ている。
 しかし、その焦点は何処にも合っていなかった。
 それは生きた人形の持つ、ゾッとするような美しさだ。

 純はスッと手を伸ばし、久美の頬を優しく撫でる。
 その目には慈しむような、悼むような、複雑な色が浮いていた。
 純は久美がこうなったのは、自分達のせいだと思っている。
 自分達の計画の被害者。
 自分達がこの市を選ばなければ、ここまで酷い目には合って居なかったのではと、そう思っていた。
 稔も沈痛な表情で、久美を見詰め何か打開策を探していた。

 その3人を看護士が見詰めて、ウットリと見とれている。
(あ、あぁ〜…。何て絵になるの…、ご主人様と工藤様…あの女の子が羨ましい…。綺麗な子だけど…、可愛そうな子…、それがまた絵になるのね…)
 看護士はそんな事を考えながら[もっと近くで見たい]と言う欲望に負けて、トレイを片付ける振りをして近付いて行った。
 看護士が持ったトレイには、採血用の注射針や、ピンセット、鉗子などが入っていた。
 看護士がトレイ片手に近付き、視線を奪われながら移動すると、足を躓かせる。
 バランスを大きく崩した看護士が、稔の頭越しにトレイの中身をぶちまけてしまう。

[きゃっ]と言う短い悲鳴を上げ、看護士が床にダイブするのを稔は反射的に受け止め、純は自分目がけて飛んで来た、先の鋭く尖ったピンセットを払い落とした。
「危ねぇ〜な、何してんだ」
 純が看護士に文句を言うと、稔は看護士を立たせ
「ここは、医療の場です。もっと注意深く動いて下さい」
 真剣な表情で、看護士を叱り付ける。
 看護士は首を竦めて、初めて聞く稔の叱り声に震え上がり
「申し訳御座いません!」
 素早く頭を深々と下げ、謝罪する。

 頭を起こした看護士が、久美を見て[ハァッ]と大きく息を呑み、驚きの表情を浮かべる。
 その表情に、純が看護士の視線の先に目を向けると
「うおっ! これ、俺のせい?」
 久美の乳房を指さし稔に問い掛ける。
「全く、何を言ってるんですか!」
 稔は素早く手を伸ばし、久美の乳房に突き刺さった、ピンセットに手を伸ばす。
 自分に向かって飛んで来たピンセットを純は叩き落とし、その先に有った久美の乳房に浅く刺さったのだ。

 稔は抜き取ったピンセットを看護士に差し出し
「医療事故ですよこれは…、次は絶対に許しません」
 稔からピンセットを受け取った看護士は、泣きそうな顔で何度も稔に謝罪する。
 稔が久美に視線を移し掛けると、その視線がピタリと途中で止まった。
 稔は視線を有る物に釘付けにし、看護士を押しのけ素早く移動する。
 稔が向かった先には、脳波計の記録用紙がカタカタと吐き出されていた。
 稔はその記録用紙を機械から引き千切ると、食い入るように見詰める。

 純は固まって動かない、稔を不思議そうに見詰め
「何してんだ?」
 問い掛けると、稔はブルブルと震え
「そうか、そうなんだ…。彼女は、そう言う事か…。これに、何で気付かなかったんだ…、クソ…」
 ブツブツと呟いていた。

 純が更に顔をしかめ、不思議そうに近付くと
「純! 悦子は今どこです?」
 稔はいきなり、純に振り返り真剣な表情で、問いつめる。
「お、あ、あっち…。いや、待合室に居た」
 純は唐突に問い詰められて、慌てて答えた。
「直ぐに、呼んできて下さい! 彼女の協力が、必要です」
 稔の言葉に純は慌てて、診察室を出て待合室に走って行く。

 純が悦子を連れて、診察室に戻って来ると、稔は久美の周りに様々な機械を配置していた。
 純と悦子が戻ってきた事を確認した稔は
「純、機械のコントロール頼めますか? 悦子、針は今持っていますか?」
 2人に早口で問い掛ける。
 純が頷いて、自分の配置に進むと
「アレは、全て捨ててしまいました…」
 悦子は俯いて、稔に答えた。
「そうですか、仕方有りません。この中で一番、質感や太さが似ている物を選んで下さい」
 そう言って悦子にトレーを差し出す。

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