夢魔
MIN:作

■ 第33章 終幕26

 稔が差し出したトレーの中には、様々な太さの針が入っていた。
 悦子は訳も分からず、稔の言う通り一本の針を選び出し
「これが、一番近いです」
 稔に向かって、差し出した。
「それですか? では、僕が合図したら、それを久美さんの乳房に刺して下さい」
 稔の言葉に悦子は目を剥いて驚き
「私が針を刺すんですか? 久美さんのオッパイに…。出来ません! 私には、もうそんな酷い事…、出来ません…」
 かぶりを振って、項垂れる。

 稔はそんな悦子の肩を掴み
「悦子じゃなきゃ駄目なんだ! 悦子の針の刺し方を、久美さんに思い出させるんだ! そして、こう言うんだ[起きなさい! 目覚めなさい!]そう命令するんだ! それが、久美さんの自我を目覚めさせる、唯一の方法なんだ」
 真剣な顔で説明する。
 悦子は稔の表情に気圧されながら、泣きそうな顔を驚きに変え、キュッと引き締めて頷いた。
 稔も頷き返すと久美に向き直り、催眠を掛け始める。
 久美の額を指先で、特殊なリズムで叩き脳を直に揺さぶり、小1時間を掛け催眠状態にした。
 稔が、悦子に向かって頷くと、悦子は意を決して久美の乳房に針を立て命令を始める。

 脳波計が動き出し、純が電極を操作して、活性を制御する。
 稔は細心の注意を払い、脳を振動させ催眠状態を維持した。
 悦子が針を刺し、命令を続け、純と稔は無言で自分の仕事に注意を払う。
 診察室内の空気が、ピリピリと帯電したような緊張感に包まれ、看護士は息も出来ずに、治療を見詰める。
 1時間が過ぎ、2時間が経った頃、ボンヤリと開いた久美の口から[うっ、あ〜っ]と小さな声が漏れ、瞳孔がユラユラと揺れ始めた。

 稔達が更に1時間掛けて、治療すると口から漏れる声が大きく成り、瞳孔が収縮して眼球が素早く動く。
 久美の顔や身体に、ビッショリと汗が浮き、頬がピクピクと痙攣を始め、呼吸が荒くなる。
 稔は悦子に頷いて合図し
「純、活性を鎮めて下さい…、今日はこれぐらいが、限界です…」
 純に脳の活性を鎮めさせた。
 稔も催眠状態から、久美の脳をユックリと元の状態に戻す。

 久美の頬の痙攣が治まり、呼吸が落ち着くと、稔は手を放し大きく息を吐いた。
 少し俯いた顔をスッと持ち上げ、真っ直ぐ悦子を見ると、ニッコリと微笑み
「成功です。これで、久美さんを元に戻す事が出来ます」
 悦子に力強く、宣言した。
 悦子は口を両手で覆い、大きく目を見開いて、ボロボロと大粒の涙を流す。
「で、これは、何だったんだよ?」
 純が稔に問い掛けると、稔は純に向かって
「経験です。久美さんの自我が塗り込められた時と、同じ状況で逆に目覚めさせたんです」
 稔が説明した。

 方法を見つけた稔の治療は、確実に久美の自我を集め目覚めさせた。
 久美は1週間の治療で、完全に自我を取り戻し、自分の思考で行動出来るように成ったが、悦子を主人の位置から動かそうとしなかった。
 久美は自我を確立しても、悦子の奴隷として自分を殺し、奉仕しようとする。
 困り果てた悦子に、稔は静かに言った。
「悦子、貴女が久美に相応しいと思う主人が居たら、久美に命じなさい。[この人に従い、幸せに成りなさい]と…。それしか、久美が貴女から離れる事は無いでしょう…。見つけて上げなさい、久美の最高の伴侶を…」
 稔の言葉に、悦子は頷き稔の言葉に従った。

 数日後、稔の元に悦子の父親が現れた。
 悦子の父親は元々この市の揉め事を引き受ける、任侠団体の親分である。
 その中山興業社長が、稔の前でいきなり土下座し、悦子の治療や後始末をした事に感謝した。
 稔は[感謝される事では有りません]とにこやかに、悦子の父親に告げると、悦子の父親は稔に事後報告をする。
 悦子の父親は、悦子の口から事のあらまし全てを聞かされ、直ぐに被害者の各家庭に回った。
 悦子の非道を謝罪し許しを請う為だったが、どの家庭に行っても、悦子を責める声は無かった。
 そして、ローザの家庭に行くと、逆に感謝されたらしいのだった。

 ローザは稔の友人の1人で、ニューヨークを基盤にして活躍する、新進気鋭のファッションデザイナーに見初められ、専属契約をして世界に飛び出す事に決まったのだ。
 勿論、稔の友人であるからには、彼もサディストで、ローザを終生のパートナーにしたいと婚約までした。
 彼はSM界では有名な、ボンテェージデザイナーで、ローザはそちらでも魅力的な、モデルになる。
 ローザは表の顔と裏の顔を持つパートナーに合わせ、自分も二面性を持つ事で、自己葛藤を取り込んだ。
 自己葛藤を取り込む事で、ローザには美しさに加え、妖しさを纏うようになり、妖艶な美女に変わった。

 そんな経緯を知らされ、悦子の父親は全て、稔のお陰だと感謝を示す。
 そして、水無月家に謝罪に行き、そこで決まった事を稔に語った。
 水無月家の父親は、悦子を久美の主人と認めていた。
 それは、病院で献身的に久美の看病をする悦子を見ていたのと、自分達の恩人である稔に話を聞いていた為だった。
 呆気に取られる悦子の父親に[それ程、責任を感じられるなら、久美にしっかりとした男性を紹介し、悦子さんをウチの息子の嫁に頂けないか?]と申し込まれ、悦子も承諾したため、話がトントン拍子に進んだ。

 そして、久美は中山興業の社長室長(若頭補佐)の嫁に成る事に成った。
 この件に関しても、悦子は承諾し社長室長は驚きながらも、大歓迎した。
 悦子はこの10歳年上の社長室長を実の兄と言える程、慕い信頼している。
 社長室長は寡黙で取っつき難い所はあるが、苦み走った良い男で、今は目覚めては居ないが、支配欲も強くサディストとしても、十分の素養を持っているし、何より、根が女性に優しく一途なのだ。
 大切な久美を預けるに、これ以上ないと思っていた。
 それが実現し、悦子は全ての過去から解放される。

 悦子の父親は、稔達に深い感謝を示し
「今後何か有った時は、手足のように使って下さい」
 何度も頭を下げて、帰って行った。
 稔は大きな息を吐くと
(悦子の父親…、真っ直ぐな人だな…。この一連の事件が、僕達のせいだって知ったら、どう成るんだろ…)
 ボウッと考えた。

 この後中山興業はジェネシスグループに入り、警備部門を任されるように成る。
 そして悦子は病気が治り、ホルモン異常も元に戻った。
 いや、逆に大量に分泌され、卒業時には10p以上身長が伸び、身体が女のシルエットに変わる。
 丸かった童顔も、スリムな卵形に変わり、キリリとした目元が涼やかな美人に変わった。
 悦子はこの後中山興業を支え、今度は市内の風紀を取り締まる。

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