三つの願い 〜男の夢〜
Hide:作

■ 第五章 「裸、裸、裸…」3

“服職業の業界団体が、服を着なければならない規制を維持して、利益を得るために、警察長官に賄賂を贈った”
 当の警察長官は否定したが、そういう認識が広がるには時間がかからなかった。
 警察長官、そして長官を任命した総理は国会で激しく追及され、そして、速やかに警察長官は辞任に追い込まれた。


「…総理は、後任の警察長官とともに、新設の“わが国を再び元気にする担当大臣”に、たいち議員を任命する方針を発表しました」
 その後総理の言葉として、このところの急速な不況に対応するために斬新な政策に取り組めるようにするための任命である、ようなことをニュースは伝えた。
 たいち議員…以前、改革を掲げてブームになった総理のときに当選した、議員らしからぬ言動で知られる若い議員だ。

 現在は、この人は、大臣はもちろん議員でもないのだが、回想録と思って読んでほしい。

 この大臣は、一般にはこの長い名前でなく「元気大臣」と呼ばれるようになる。

 これを受けた世論の反応は
「汚職から目をそらさせようとするのか!」
「あんな若造に何ができる!」
 など、当然ながら支持する声はほとんど聞こえなかった。

 しかし…これは僕たち以外も、おそらく総理も、気づいていることだろうが…
 悪魔さんの影響は若い人を中心に及んでいる、というようなことは言ったかと思うけど(もちろん、僕たち二人以外は、これは一つの社会現象と思っているはず)このたいち議員は、まさにその「若い人」つまり“セックスを話すことと同じくらい気軽にやっている”に違いない世代なのだ。


 それに「急速な不況」…あながち目をそらさせる、だけではない。実は、服の話ばかりではないのだ。


 身近なところでは、バイト先の服屋が閉店してしまったさちこ以外に、ちょっと高めの西洋料理店のバイトをクビになった女子がいた。
「昔は、カップルで来ている人が結構いたけど、いまじゃ全然。昔の男はきっと女子を口説くのにあの店のディナーとか使ってたのだろうけど今は…ネ」
 のようなことを、僕の棒を触りながら、周りを手で示して言った。
 ちょっと前にあった他のユニットの談話室での会話。手で示した先に二組の男子女子が絡み合っていた。
 そしてその女子も、そのとき仰向けになっている僕の、棒を自らの中に入れたのだった。


 ネットでもいろいろな記事が出ている。
 寮のべんきょうべやでネットを見ていた。
 その中でも「風俗崩壊」という特集で読んだことは、なかなかボリュームが大きかった。

 とはいえ、僕には用語がよくわからなかったので、すすむに解読を手伝ってもらった。
「…つまり、キャバクラ以外の全部の風俗がほぼ同じサービスになってしまった、が、どこも客が激減、ということだ」
「そんなに種類があったのか?」
「風俗の最高峰といえば、ソープ。この世界になる前は…まぁ、公式には…本番、つまりセックスのことな…有りはここだけだった。それで万単位の代金。ところが、この世界になってからは、ヘルスとかピンサロのような、ただ抜くだけの…」
「抜く、って?」
「お前本当に何も知らないな。精子を出すことだよ。手コキとか素股とかフェラとかで精子を出させてくれる、が本来のサービスだった。これは数千円単位」

 この辺の用語は分かる。身近な女子でも“今疲れてるから手コキね”みたいな言い方をすることはある。

「ところが、この世界になってからはそういうところでも本番が当たり前になった。ついでに、本来抜きがなく、単におっぱい触るだけのセクキャバでも、本番があるようになった」
「そうかぁ」
「キャバクラが、そうならないよう、辛うじて抑えになっているのが公然わいせつ罪。セクキャバはついたてがあったりするので“公然とわいせつな…”にならない…と書いてある」
「それで、高い、ソープ、にはまず客が行かないようになった、と」
「そう。まあ、ソープならではのサービスはあってもなぁ…値下げとか努力はしているが、なかなか…そうだろうな…おお、これは新しい動きだ。いくつかのソープが共同で公衆浴場を立ち上げてそこでサービスをする構想…しかしそもそも“個室付き浴場”で許可を受けているのでそれをどうするか、と、当然出てくる公然わいせつの問題…これは、うちの県とかにある“会員制の公衆浴場”の枠組みを利用する案も…うーん、いろいろ試行錯誤が行われているな…でも、そもそもいくら工夫しても、全体的に風俗の利用者が激減していて、店がつぶれたり、クビになる従業員がたくさん出ている。さらに“本当に話すだけ”のキャバクラはなおさら。のというのがこの記事の趣旨だ。まあ、確かにちょっと考えれば、この世界でキャバクラとか風俗の需要があるのかは確かに疑問だな」

 僕はちょっと考えた。

「それは…僕たちは、女子が多い学科で、女子寮にも簡単に遊びに行けるからよかったけど、世の中の男が全員そうではないんじゃないかなぁ、理系の人とか…そもそも若い女子に出会う機会がない人も」
 僕は工学部の男子比率を思い出していた。
「そうだな。ナンパする勇気も無いとそうだろうなあ。“出会い系”使う手もあるが」
「本当に出会えるのか? サクラばかりと聞くぞ」
「それは元の世界の話だろう。この世界なら女だって男と同じくらい出会いたいんだから…細かいが、そういう出会い系のサクラも失業しているにちがいない…」

 風俗業界で失業が大量に出ている…が…そんなに影響あるものだろうか?
「ところで、風俗ってそんな経済に影響あるか?」
「あるとも。『キャバクラの経済学』っていう本の受け売りだが、たとえば、サラリーマンがキャバクラで払った金は、その女の子がホストに払い、ホストが高級乗用車を買うと、そのお金がサラリーマンに戻ってくる、っていうような循環があった。キャバクラや風俗の子がどんどん失業しているとすると、当然ホストも失業だろうし、そういうサイクルも無くなっていく…」
「そうかぁ…意外と影響あるんだなあ…」

 乗用車、というキーワードで、僕は、ニュースでちらっと聞いた別のことを思い出した。

「…そういえば、自動車も売れなくなっているらしいな」

 すすむは検索で画面を切り替え始めた。
「そうだよ。もちろんさっきのホストの話は一部と思うが…ちょっと前と違って“女の子とドライブに行って”なんていうシチュエーションが減っているだろう、というのはある…」


 ふと、僕は気がついた。
「なあ、すすむ、お前の親父さん、自動車関連だったよな」
 ここで、珍しく、すすむの顔がちょっと暗くなった。
「ああ、そうだよ、車の部品メーカーに勤めてる」
「大丈夫なのか」
 ここで、すすむは無理に明るくふるまったように見えた。
「…まあ、仕送り、ちょっと減るっている話あるけどな。いろいろ考えているよ。まあ、この世界の楽しいことに比べりゃ小さいことさ! じゃ、またちょっとやってくるわ」

 そういって、立ち去って行った。しかし、彼の棒には血液は流れ込んではいなかった。



 いろいろネットで見ていくと、世界が変わってからの不況の話は、いくらでも出てきた。それはそれなりにいろいろな分析が出ていたが、あるアンケートを基にした、この分析が、実はかなり包括的に言い当てているような気がした。

「若者が性行為に費やす時間が増えて行動が消費にまわらなくなった」

 うーん…
 でも、さらに根源的には、もっと深いかもしれない。

 西洋料理店の話とか、車の話とか、男が女を口説くために金を使う必要が無くなった、ということがあるのだろう。
 風俗の話だってそうだ。売春は、人類の最古の職業と言われる、とか聞いたこともある。男にとってセックスにはお金が必要だった。それが、今はそうではなくなった…
 根源的には、歴史的に、男は、そうして頑張ってきた一面があったのではないか…
 逆から見ると女も…頑張ってパートナーを手に入れる動機が薄れた…例えば昔は着飾る必要があって服が売れた、という側面もあるはずだ…
 男も、女も、楽になって…


 僕は、悪魔さんの言葉を思い出していた
「堕落」…



「まさるくん?」

 開いているドアの向こうから、じゅんこさんが声をかけて、この思考は中断した。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊