「脱ぎなさい」「はい……」
ドロップアウター:作

■ 転校生の女の子1

 その日は、朝からずっと雨が降っていました。先週衣替えが終わったばかりで、夏服だと少し寒いです。
 わたしは、とある小さな町の中学校に通っています。生徒の人数も少なくて、二年生は一クラスだけです。しかも、わたしも含めてほとんどの子が、保育園の頃からずっと一緒です。
 昼休み時間も半分が過ぎていました。天気が悪いせいか、ほとんどの子が教室に残っています。友達とおしゃべりしたり、宿題を済ませたり、みんな思い思いに過ごしていました。
 わたしがトイレから戻ってくると、隣の席で、真由子ちゃんが本を読んでいました。
 真由子ちゃんは、クラスの中で一人だけ、二年生になって転入してきた女の子です。わたしと席がたまたま隣になったこともあって、何度か話しているうちに自然と仲良くなりました。あまり口数は多くないけれど、優しくて、おさげにした髪のよく似合うかわいい子です。
「その本、面白い?」
「えっ、うん……」
 話しかけると、真由子ちゃんはなぜかびくっとして、顔をわたしの方に向けました。
「邪魔しちゃった?」
「ううん、びっくりしただけ。ずっと読みたかった本だから、つい夢中になっちゃって」
 しおりの挟まったページを見て、わたしは「あれ?」と思いました。夢中で読んだというわりに、めくられているのは最初の数ページだけでした。真由子ちゃんがその本を読み始めて、そろそろ一週間近くなるはずなのに。
 真由子ちゃんがこの学校に転校してきたのは、五月の連休明けの頃でした。
この時期に転入することになったのは、お父さんの単身赴任中、お母さんが病気で入院することになったからだそうです。それで、今はおばあちゃんと一緒にこの町で暮らしています。お父さんが戻ってくるまで、しばらくはそうしているみたいです。
「知ってる? この本、来月映画になるんだよ」
 本を机に置いて、真由子ちゃんは妙にはしゃいだ口調で言いました。
「その作者の人、小学校からずっと好きで読んでるの。この本だけ見つからなくて、先週図書館で見つけた時、やったぁって声に出して、周りの人に変な目で見られちゃった。ねっ、DVDになったら一緒に観ようよ。たぶん市立図書館で借りられると思うから」
「うん、いいけど……」
 わたしは、ますます違和感を覚えました。普段は大人しい真由子ちゃんが、こんなに興奮して話すのは珍しいことです。それに、たぶん真由子ちゃんは、その本をまだあまり読んでいません。
まるで、何か嫌なことがあって、どうにかして気を紛らわそうとしているみたいでした。


その日、真由子ちゃんはずっと変でした。自分の席で一人黙り込んでいたかと思えば、さっきみたいに妙にはしゃいだり。「森川さん、いつもと雰囲気違うよね」って、わたしだけでなく、クラスの他の子達も話したりしていました。
 真由子ちゃんがこの学校に来て、今日で二週間になります。口には出さないけれど、お母さんの心配もしながら新しい生活に慣れなきゃいけないし、きっと大変なんだろうなって思います。転校してきたばかりで、色々と気も使うだろうし。
「わたし、ちゃんとこのクラスになじめてるかなぁ……」
三日前、熱を出して早退する真由子ちゃんを玄関まで送った時、ぽつりとそう漏らしたのを聞きました。前の学校でいじめられたことがあるらしく、転校して友達ができるかどうか不安だったかもしれません。
「大丈夫だよ。真由子ちゃん、いい子だし。うちのクラスで、真由子ちゃんを悪く言う子なんていないと思うよ」
 わたしは、そう言って真由子ちゃんを励ましました。実際、わたしだけじゃなく友達も少しずつ増えて、部活の先輩からも好かれているって聞きました。ただ、大人しいから嫌なことされても我慢しちゃうんだろうなって、心配にはなるけれど。


「そういえば、この前はありがとう」
「えっ、どうして?」
 突然言われて、ちょっとびっくりしました。
「えっ、どうして?」
「ほら、この前わたしが熱出した時、保健室まで付き添ってくれたから。まだちゃんとお礼、言ってなかったし」
「なぁんだ、あんなの別に大したことじゃないよ」
「ううん。あの時は頭がぼうっとして、利香ちゃんが一緒じゃなかったら廊下で倒れてたかも。だから、すごく助かったよ」
「そうかなぁ。でも、どういたしまして。真由子ちゃんに言われると、すごくうれしい」
 なんだかちょっと照れました。真由子ちゃんは、ちょっとしたことでも律儀にお礼を言ってくれます。うれしいけれど、もうちょっと甘えてくれていいのになって思ったりもします。


 それに、真由子ちゃんだって、わたしが急に生理になった時そっとナプキンをくれたりして、結構わたしを助けてくれています。知り合って間もない子に、ここまでしてもらっていいのかなぁって思うくらいに。
「でも、ほんと利香ちゃんには助けてもらってばっかりだね。一緒のクラスでよかった」
「一クラスしかないから、嫌でも同じクラスになるよ。それより、風邪はもう治った?」
「うん、熱は下がったからもう平気。まだちょっと、喉が痛いけど」
 そう言って、真由子ちゃんはちょっと恥ずかしそうに笑いました。わたしが一番かわいいなって思う表情です。
 いつもの真由子ちゃんに戻ったみたいで、少しほっとしました。様子がおかしかったのは、久しぶりに学校に来て疲れたんだって、その時は思いました。
「でも……」
 ふいに、真由子ちゃんは少しうつむき加減になって、ぽつっと言いました。
「この後、もっと心配かけると思うけど……」
 ふと、真由子ちゃんの顔に一瞬影が差したような気がして、わたしはどきっとしました。
「えっ、今なんて……」

 その時、廊下側の扉が開いて、保健体育の先生が中に入ってきました。生徒指導をしている怖い男の先生だから、急に教室が静かになりました。授業が始まるまでまだ十五分近くあるから、どうしてこんなに早いんだろうって思いました。

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