「脱ぎなさい」「はい……」
ドロップアウター:作

■ そんなの嫌……2

「森川さん、この学校に来てまだ二週間なんですよ」
 絵美が、真由子ちゃんの傍に寄って言いました。
「私だって、転校したばかりでこんなことされたら、耐えられないです。今だって、結構恥ずかしいのに……」
 とてもしっかりしていて、誰からも頼りにされる子だけれど、絵美はよく男子に泣かされます。やっぱり意地悪をする子が何人かいて、測定の時、裸の絵美に「ちび」「幼児体型」とか言ってからかったりするんです。だから、同じ思いをさせたくないのかもしれません。
 それに、一度絵美がコンタクトを廊下に落としてしまった時、真由子ちゃんが一緒に探してあげたことがあります。その時、わたしもその場にいました。結構時間がかかったけれど、真由子ちゃんは見つかるまで探すのを手伝ってくれました。
あれは確か、真由子ちゃんが転校してきた当日だったと思います。もちろん話すのも初めてだったから、絵美と二人「あの子、優しいんだ」って、びっくりした覚えがあります。
 絵美も、ちょっと気は強いけれど、優しい子です。だから、自分に親切にしてくれた友達が泣かされるのを、きっと見たくないんです。
 それは、もちろんわたしも同じです……
「森川さんも森川さんだよ。どうして『はい』ってしか言わないの?」
 絵美は、今度は真由子ちゃんに言いました。
「『どうして脱ぐんですか?』とか、『せめて場所を移してもらえないですか』とか、少しは言えばいいじゃない。転校生だから遠慮してるの? 黙ってたら、森川さん、裸にされちゃうんだよ」
 すると、真由子ちゃんは目を見上げて、じっと絵美の顔を見つめました。でも、まだ唇を結んで、さっきからずっと押し黙っています。
「気持ちは分かるがなぁ、島本」
 先生はそう言って、ため息をつきました。
「転校生だからって、もうこの学校の生徒である以上、特別扱いはできないんだ。もしそうすれば、後で本人が辛い思いをするかもしれないだろう。気の毒だが、森川には従ってもらうしかないんだ」
「でも、これはそういう話じゃ……」
 そこまで口にしかけて、絵美は何も言わなくなってしまいました。
 確かに先生の言った通りです。嫌な思いをしている子は、他にもたくさんいます。ここで真由子ちゃんに何か配慮すると、「どうしてあの子だけ?」って思う子もいるかもしれません。
 でも、それくらいは許してあげていいと思います。うまく言えないけれど……やっぱり、真由子ちゃんが可哀想です。
 それに、真由子ちゃんが今指示されていることの方が、よっぽど不公平です。授業中、みんなの見ている前で服を脱がされるなんて、誰も経験したことないんだから……
 わたしも何か言わなきゃ。そう思って椅子を立とうとした時、授業始めの合図のベルが鳴りました。

 その時、真由子ちゃんがふいに、絵美のブラウスの袖をくいっと引っ張りました。
「島本さん、もういいから……」
 まだ少しうつむいて、小さなかすれた声を発しました。
「ありがとう。でもそれ以上言ったら、島本さんが怒られちゃうよ。気持ちはすごくうれしいけど……」
 ふと声を詰まらせて、真由子ちゃんはちらっと先生を見ました。そして、また絵美の方に目線を戻しました。
「わたし、みんなと同じように受けるから」
 真由子ちゃんは、あっさりと言いました。あまりにも簡単に言うから、わたしは真由子ちゃんがどんな意味で言っているのか、一瞬分からなくなりました。
「本当に……いいの?」
 絵美に聞かれると、真由子ちゃんはこくっとうなずいて、悲しそうな顔をしました。
「恥ずかしいけど……そういう決まりなんだから仕方ないよ。みんなだって、同じ思いしてるんだし」
「森川さん、私達に気を使ってるの?」
 絵美は、真由子ちゃんを少しにらむ目で言いました。
「これぐらいでひいきとか、誰も思わないよ。ていうか、そんなの森川さんが気にすることないじゃない」
「ちがう……そうじゃないの」
 真由子ちゃんは、首を横に振りました。
「みんながどう思うかとか、そんなのは関係ないよ。ただわたしが嫌なだけ。自分だけ逃げるなんて、そんなの嫌……」
 そう言って、真由子ちゃんはまたうつむき加減になりました。
 絵美は、たぶんやりきれない気持ちなんだと思います。何も言わずに、ただ真由子ちゃんの背中を軽くぽんぽんと叩きました。
 うつむいたまま、真由子ちゃんは絵美に言いました。
「大丈夫。そんなに心配しなくても……一応心の準備はしてきたし」
 その言葉を聞いて、わたしは真由子ちゃんの様子がおかしかった理由がやっと分かりました。それと、さっき先生に裸になるように言われて、どうしてあまり表情を変えなかったのかも。
「なんだ、知ってたのか」
 先生は、不服そうに言いました。先生なりに、こんなことを女子生徒に言うのは嫌だったのかもしれません。
「はい。三日前、養護の先生に……この学校はそういう決まりなんだよって、教えてもらいました」
 わたしは、すぐ思い当たりました。三日前、真由子ちゃんが熱を出して、わたしが保健室まで付き添った時のことです。あの後言われたんだって分かりました。
 きっと、真由子ちゃんはそのことで頭がいっぱいだったんです。人前で裸にならなきゃいけないって言われて、平気でいられる女の子なんていません。
「島本。分かったら、席に戻りなさい」
 先生が、諭すように言いました。
「森川だって納得してるんだし、もし嫌がったとしても、どのみち従ってもらわなきゃいけないんだ。お前が色々言ったところで、かえって森川を悩ませるだけだぞ」
 絵美は、一瞬先生をにらむように見たけれど、黙って席に着きました。真由子ちゃんとすれ違う時、絵美は少し励ますみたいに、もう一度背中をぽんと叩きました。
 そして、先生は……真由子ちゃんの方を見ました。
「森川も、分かったな」
 先生は、強く念を押すように、低い声で言いました。
「じゃあ、ここで……脱ぎなさい」
 真由子ちゃんは、顔を上げて、しっかりとした声で返事しました。

「はい」

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