「脱ぎなさい」「はい……」
ドロップアウター:作

■ 泣いちゃだめ1

 逃げ出そうと思えば、逃げ出せたかもしれない。自分一人では無理でも、誰かに助けてもらっていたら、あんなふうに玩具みたいにされることはなかったと思う。
 でも……そういう時、わたしは抵抗するのが苦手だ。その時さえ我慢すれば済むんだからと思って、嫌なことでもあっさり受け入れてしまう。そのせいで、今までよく泣かされてきたけれど、なかなかそういう癖が抜けない。
 少しでも自分に落ち度がある時は、余計にそうだった。
 あの時も……きっかけは、水泳の授業の時だった。更衣室で水着に着替えた後、わたしは帽子を忘れてしまったことに気づいた。
 一年生の時の体育は、とても厳しい女の先生だった。授業中ふざけたり、忘れ物をしたりすると、必ず罰を受けさせられた。
 水着でプールサイドに正座させられるのが、すごく嫌だった。恥ずかしいし、それに痛い。日なたのセメントの上に座らされるから、日焼けを我慢しなくちゃいけないし、暑い日には足を火傷してしまう。まだ制服の方がマシだった。
 仲の良い子に「先に行って」と伝えて、バッグの中身を全部出して探してみた。それでも見つからなくて、どうしようかと焦った。みんな次々にプールサイドに出て行って、更衣室にはほとんど人がいなくなった。
 その時、聡美という同じクラスの女子が声をかけてきた。
「どうしたの? 森川さん」
 聡美は、制服姿でまだ着替えてもいなかった。
「もしかして……帽子、忘れちゃった?」
 わたしがうなずくと、聡美は「うそぉ。森川さんでもあるんだ、忘れ物って」と変にはしゃいだ声を出した。
 聡美は、クラスの女子の大半を仕切っている子だった。誰も彼女には逆らえない雰囲気で、他校の不良っぽい子とつるんでいる噂もあった。
 わたしは、あまり聡美のことが好きじゃなかった。というより、正直ちょっと怖かった。だから、なるべく関わりを持たないようにしていた。
「じゃあさ、今日あたし見学するから……」
 聡美は、声をひそめて言った。
「帽子、貸してあげようか?」
「えっ、でも……」
 ありがたいというよりも、警戒感が先に立った。元々相手の印象が良くなかったこともあるし、何より……
「でも、何て言って見学するの? 下手すれば、蓮沼さんが正座させられるよ」
「大丈夫だよ。あんたみたいなお利口さんと違って、あたしそういう言い訳得意だから」
 ばかにされた気がして、嫌な気持ちになった。
「……別にいいよ。忘れましたって、先生に言うから」
 わたしはタオルを持って、更衣室を出ようとした。罰を受けることになっても、自分が悪いのだから仕方ないと思った。クラスメイトを身代わりにしてまで、過ちを誤魔化したくなかった。
「ふーん……森川さんて、そうやって人の好意を踏みにじれる子なんだ」
 気になる言い方だったから、つい立ち止まってしまった。
「自分が嫌いな相手には、平気でそういう冷たいこともできるんだね。結局いい子ぶってるだけじゃない」
 聡美が好きじゃないというのは本当だから、どきっとした。初めて、相手の言葉に迷った。人の好意を踏みにじっている……言われてみれば、確かにそうなのかもしれない。
「……本当にいいの?」
 振り向いて、ついそう尋ねてしまった。
 すると、相手はにやっとして答えた。
「だから、さっきからそう言ってるでしょう。遠慮しないで、持っていきなって」
 結局、わたしは聡美から帽子を借りることにした。相手の一言に迷ってしまったのもあるけれど……やっぱり、罰を受けるのが怖かった。
 でも、そうしたことをすぐに後悔することになった。
 先生は、聡美の見学を認めなかった。逆に水着を忘れたということで、罰として一時間の正座を命じた。
 そして、予感はしていたけれど……それが聡美の狙いだった。
 水泳の授業の後、聡美はわたしを呼び出して、こう言った。
「森川さんのせいで罰を受けさせられたって、先生にもみんなにも言うから」
「そんな……貸してあげるって言ったのは、蓮沼さんでしょう」
「どっちでも関係ないよ。あんたより、みんなあたしの言うことを聞くから。賢い森川さんなら、分かるでしょう?」
 冷めた口調で言われて、ぞっとした。
「内緒にして欲しかったら、あたしの言うことを聞いて」
 理不尽な要求だったけれど、従うしかなかった。そんな噂をクラスに広められるのが、わたしは怖かった。

「手を離しちゃだめよ、森川さん。ちゃんとスカートめくってて」
 口調だけ優しげな声に、逆らうことができなかった。十二歳だったわたしは、制服が濡れてしまうのを気にしながら、辱めの時間が過ぎるのを待った。自分の手で下着を露出させられて、ひたすら耐えるしかなかった。
 あの時も、よく雨が降っていた。九月末の夏から秋に移り変わる頃だったから、季節は違うけれど。
 聡美は、いつもわたしにスカートをめくらせた後、まず左右の乳房を揉んだ。まだほんの膨らみかけの胸だから、押されるとしこりがあって痛かった。でも、声は漏らさないように我慢した。こんなところ、人に見られたくなかったから……
「いっ……」
 でも、次に股間を触られると、どうしてもうめき声が漏れてしまった。すると、相手はわたしの頬を平手打ちにした。
「声を立てないで。誰かに見つかったらどうするの」
 体を弄ばれている時、何度も執拗に聞かれた。
「感じる? ねぇ、気持ちいいでしょう……」
 大抵、パンツの下に人差し指を潜り込ませて、指先を割れ目に挿入しようとする時だった。その問いかけに、いつも戸惑った。感じたのは痛みと羞恥だけで、快感なんて少しもなかった。
 下着から指を抜くと、聡美は毎回こう吐き捨てた。
「森川さんの体、子供っぽすぎてつまんない。胸も小さいし、弄ってもあんまり濡れないし、発育どっかおかしいんじゃないの?」
 自分でも発育が遅いことを気にしていたから、言われて泣いてしまうこともあった。実際、その時まだ初潮も迎えていなかったし、母に勧められてやっとスポブラをつけるようになったばかりだった。
 ただ、これで相手がつまらなくなって、行為をやめてくれることを期待もした。でも、結局また呼び出されて、同じことを繰り返した。ますますエスカレートして、スポブラやスリップを切られたこともあった。

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