「脱ぎなさい」「はい……」
ドロップアウター:作

■ 泣いちゃだめ2

 三週間くらい経って、聡美はわたしをいじめるのを唐突にやめた。
「森川さん、従順すぎていじめ甲斐がないんだよね。だからエッチなことするの、もうやめてあげる」
 そんな捨て台詞を吐かれて、何て答えて良いか分からなかった。「ありがとう」って言うのも変だし……
 だけど、気分は晴れなかった。何度も学校に行きたくないって思ったし、やられたことをすぐ忘れるなんてできなかった。
 あの時から、わたしはブラジャーをしていない。新品のスポブラを三つとも切られて、新しいのを買ってと母に言い出せなかった。


 パンツ、ちょっと小さかったかな……
 下腹部が見えてしまっているのが気になって、へその下にあるゴムの部分を、少し上に引っぱった。でも、そうすると股間の亀裂が浮き出てしまって、慌てて下に戻した。
 乳房を左腕で隠しながら、制服を椅子にかけた。上履きと靴下は机の下に、インナーだけは人目につく所に置きたくなかったから、バッグに入れた。
 わたしが片手で開けにくそうにしていると、利香ちゃんが手伝ってくれた。下着をバッグに入れると、チャックを閉めるところまでしてくれた。
「ありがとう……」
 利香ちゃんが気を利かせてくれて、すごくうれしかった。でも、同じくらいとても申し訳ない気がした。こんな痛々しい姿を見せてしまって、「ごめんね」って何度も心の中でつぶやいた。
 今日も、ずっと雨が降っていた。嫌なことがあった日は、いつも天気が悪い気がする。肌寒くて、衣服を身につけていないということを余計に意識させられた。
 覚悟してはいたけれど……死ぬほど恥ずかしかった。利香ちゃんや他の女の子達は、よく我慢できるなぁって思った。女子しかいなかったとしても、わたしはすぐに脱げない気がする。
 前の晩、小さなあがきをしてみた。タンスから何枚も下着を引っぱり出して、なるべく見られても恥ずかしくないものを選んだ。
 ピンクのかわいいのにしようかなとか、へそが隠れる大きめのがいいかなとか色々迷ったけれど、結局いつもの地味なのにした。何の柄も入っていない純白のパンツだけれど、清潔な感じなのが結構好きだった。もっとおしゃれしたらって、母にはよく言われた。
 インナーもお揃いのを選んだ。この下着なら、見られてもまだマシかなって思った。
 だけど、いざ脱ぐように言われると、ためらいを抑えるのに精一杯だった。どんなパンツを履いているかなんて、やっぱり関係なかった。
「森川、服を置いたらまたこっちに来なさい」
「はい」
 先生に呼ばれて、もう一度机の間を通って黒板の所へ行った。クラスの子達の視線を感じて、つい胸を強く押してしまう。生理前で乳房が張っていて、少し痛かった。
 一度泣いて、少し落ち着いてきた。指先で目元に触れてみると、もう涙は乾いていた。小さい子みたいに泣きじゃくればすっきりするだろうけれど、あまりみっともない姿は見せたくなかった。わたしって、案外強がりなんだと思った。
 黒板の前で、わたしは先生と向き合う格好で立たされた。みんなから見て横向きの姿勢で、急に裸を見られていることを意識して、顔が火照った。
「まず、清潔検査をするから」
 先生に告げられて、また「はい」と返事した。別に素直な子に見られたいわけじゃないけれど、どうしても従順な態度になってしまう。こんなに恥ずかしいことをさせられているのに……仕方ないけれど、ちょっと悲しかった。
 清潔検査のことも、養護の先生に聞いていた。この検査は、髪の毛や手足の爪を先を見せて、きちんと清潔にしているかどうかチェックされる。髪を染めていたり、爪にマニキュアを塗っていたりすると校則違反になるから、しないようにと言われた。
「足のかかとを揃えて、両手を前に出しなさい」
 えっ、両手を……
 先生の指示に戸惑って、すぐ言われた通りにできなかった。みんなの視線が気になって、思わずきょろきょろと周囲を見回してしまった。
 手を離したら、おっぱいが丸見えになっちゃう。隠せないじゃない……
 でも、わたしは何も言い返さなかった。ためらいを抑えて、ゆっくりと乳房から左腕を離した。それから相手の顔を見ないようにうつむいて、差し出すように両手を前に伸ばしていった。
 とうとう人前で、上半身を全部晒してしまった。乳房にひんやりとした空気が当たって、見られているんだって実感した。
 顔を上げると、何人かクラスの子達がこっちを見ているのが視界に入って……また泣きそうになった。唇を強くかみ締めて、耐えた。
 泣いちゃだめ。みんなも我慢したことなんだから。今度は逃げないって、自分で決めたんだから……
「次は頭髪を調べるから。髪留めのゴムを取りなさい」
「はい」
 黒板の方を向いて、おさげを束ねているゴムに指を引っかけた。二つとも外すと、ぱらっと顔の横で広がった。肩に少しかかるくらいの長さだから、セミショートのような髪型になった。
「窓の方を向いて、立ちなさい」
「はい……」
 言われるまま、背中を先生に向けて立って、胸の前で両腕を組んだ。やっぱり恥ずかしくて、どうしても隠しがちになる。肩に指先で触れるとすごく冷たくて、また風邪を引くんじゃないかと心配になった。
 先生が、どこからか小さな櫛を持ってきて、わたしの髪を梳いた。母におさげを結ってもらった日のことを思い出したけれど、あの時とは全然違った。
 んっ……
 先生の手つきは乱暴で、髪を後ろから引っぱられて痛かった。染めたことなんて一度もないのに、執拗に調べられて嫌な気分になった。母のことを思って結っているおさげをぐちゃぐちゃにされて、すごく悲しかった。
「……よし。さすが森川だな。髪は染めてないし、ちゃんと爪も切って清潔にしている。まだ来たばかりなのに、もう他の生徒の模範になるレベルだ」
 何が「さすが」なのかよく分からないけれど、違反を指摘されなくてほっとした。養護の先生の話だと、以前チョークの粉が爪に付いていただけで疑われた子もいたらしいから、少し不安だった。
「それと、髪は測定の邪魔になるから、頭の後ろで一本に束ねなさい」
「あっ……はい」
 普段なら何でもないことだけれど、すぐにできなかった。両手を使わないといけないから、また胸が隠せなくなる。
 仕方なく、みんなから見て後ろ向きにしゃがんで、首筋の辺りに両腕を回した。その姿勢で、左手首にはめていたゴムを一つ取って、頭の後ろで結わえた。ポニテなんて久しぶりだから、ちょっと違和感があった。

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