「脱ぎなさい」「はい……」
ドロップアウター:作

■ お母さん……2

「一人、他の地区から引っ越してきた子がいてね。身体測定で脱ぐのは初めてだったみたいで、ずっと泣いてたわ。他の子に慰めてもらって、何とか教室に帰ったけど」
「わたしと一緒ですね……」
 胸が痛かった。まだ慣れない環境で、あんなことを人前で強制されるのは、晒し者にされているような気分になる。わたしも、さっき嫌というほど味わった。まして一年生だから、余計辛かったと思う。
「真由子さん……両手、バンザイして」
「えっ」
 ふいに指示されて、少し戸惑った。
「胸囲測るからね。測定、始めるわよ」
「あぁ……はい」
 一瞬ためらったけれど、言われた通りにした。乳房を隠せなくなって、急に恥ずかしさが募った。同性にしか見られないから、まだマシだって思うようにした。
 佐藤先生は、白衣のポケットからメジャーを取り出して、わたしの上半身に巻き付けた。
「んっ……」
 乳房を締め付ける状態になって、少しうずいた。メジャーが軽く乳首に触れたから、どきっとした。
「69.7」
 読み上げられて、また頬の辺りが熱くなった。こんな状況だと、どうしても体のコンプレックスを意識してしまう。わたしは胸が小さくて、新しくブラジャーを買うのをいつも迷っていた。乳房の発達だけじゃなく、体全体がこの年齢にしては幼かった。
 メジャーを解かれると、わたしは机に屈んで、記録カードに数値を記入した。つい筆圧が強くなって、シャーペンの芯が折れた。字が乱れてしまったから、一度消して書き直した。
「次は、体重ね」
「……はい」
 佐藤先生に促されて、次は体重計に載った。胸を隠そうとすると、柚木先生に注意された。
「森川さん、両手は体の横にくっつけて。もっと胸を張って」
「はいっ、すみません……」
 つい媚びるように返事してしまった。舞踊部では、柚木先生の言うことは絶対だから、何か言われる度に緊張してしまう。今は部活の時間じゃないけれど、習慣が身に染みついていた。
「えっと……40.6」
 佐藤先生の声を聞いて、体重計から降りた。そして、またカードに数値を書き込んだ。四月に測定した時と比べると、一キロ近く減っていた。体型は母譲りで、少し痩せっぽちだ。

 その後、座高と身長を測って……これで終わりかなと思った。
 早く教室に戻って、服を着たかった。パンツ一枚なんてみっともない格好、もう本当に嫌だった。
 手で覆って、体を隠すことは許されなかった。座高の時は、膝の上で両手を揃えて座らされた。身長を測る時は、かかとを揃えて、背筋を伸ばして気をつけの姿勢を指示された。男子がいない分まだマシだけど、それでも十分恥ずかしかった。
 壁際の机に向かって、記録カードの身長欄に「157.6」と書き込むと、佐藤先生が背後からのぞいてきた。慌てて、無防備だった乳房を左腕で押さえた。
「意外と背丈あるのね」
「そうですか? わたし、女子の中でも真ん中ぐらいですよ。小六の秋から止まっちゃって……」
「まだ十三歳でしょう? 成長期はこれからよ。もう少し、体全体がふっくら丸みを帯びてくれば、素敵な女性になれるわ」
「だと、いいんですけど……」
 うれしいような恥ずかしいような、複雑な気持ちになった。体つきが幼いことは気にしているけれど、これから変わっていくと思うと、なんだか変な気がした。
 シャーペンを置くと、佐藤先生に告げられた。
「書いたら、もう少し検査するからね」
「……はい」
 小さくため息が漏れた。「もう帰っていいよ」と言われるのを期待していたから、泣きたい気持ちになった。まだこんな格好でいなきゃいけないと思うと、少し憂うつになった。
 その時……小さな鏡台が、座敷の奥にあるのが目に入った。舞踊部の活動で、着付けの練習をする時に使っているものだった。
「あの……」
 先生の方に向き直って、わたしは一つ頼み事を言った。
「お願いがあるんですけど……髪、直してもいいですか?」
 佐藤先生は、なんだか拍子抜けしたような顔になった。
「いいけど……髪ぐらい、後で直せばいいんじゃないの?」
「いえ、今じゃないと……ダメなんです」
 先生にぺこっと一礼して、わたしは鏡台の前に立った。自分の未成熟な肉体が鏡に映し出されて、とても気恥ずかしくなった。
 両手を後ろに回して、髪留めのゴムを取った。もう一本、左手首にはめていたものも外して、右手の指に引っかけた。
 鏡の前で、わたしは髪をおさげに結い直した。母が、一番気に入っている髪型だった。
 お母さん……
 今は、母のぬくもりに縋りたかった。助けてって、何度も心の中で叫んだ。そうしないと……この状況は耐えられなかった。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊