鬼の飼い方
鬼畜ヒスイ:作

■ 檻ノ零・鬼の見つけ方1

 薄い壁を通して、ザーッという一つながりの雨音が響く。外に見える木々が大きく揺れるぐらいで、風もそれなりに強いようだ。
 俺が居る部屋は暗く、電灯はありながら明かりは点いていない。故意にではなく、ただ事故として点けていない。
 夏も過ぎたというのに、日本の関東を直撃した台風の所為で停電してしまったのだ。
 そんな出歩くのも危険な日に、チャイムが鳴る。時間は午後の四時。雨雲に相俟って外は夜のように暗い。
 こんな日、こんな時間に誰が俺の元を訪れるか。
 俺は玄関に向かい、その酔狂な奴の顔を見ようと扉を開ける。
 骨が在らぬ方向に曲がった傘を握り締め、衣服から雫を滴らせる人影。顔を隠していた傘が除けられ、疲弊した男っぽい顔立ちがそこに現れる。それだけで、その人物がどうやってここまで来たのかが容易に想像できた。
 顔こそ男の子を彷彿させるが、制服らしき濡れた衣服が纏わり付く二つの山を見れば、彼ではなく彼女だと分かる。
「どうして、こんな日に……?」
「が、我慢できなくて、その、私……ッ」
 問いかけてみたが、答えを聞く必要などなかった。だから、言いかけた彼女の口を自分の口で塞ぐ。
 困った子だ、と離した口で窘める。彼女は申し訳なさそうに顔を顰めたが、腕を引っ張られる感覚に直ぐ笑顔を取り戻す。
 俺と彼女は、服を脱いでベッドの上に居た。暗闇の中で分かるのは、彼女の冷たく湿った肌と荒い息遣いだけ。暗闇に視覚を奪われ、残りの五感だけで彼女を認識する。
「早くしろよ」
 冷たい肌を温めてやろうと撫でていると、彼女は粗暴な口ぶりで言った。
 たぶん、視線は横に泳いでいるのだろう。
「ふぅん、そんな言い方が出来るのか。じゃあこれならどうだ?」
 俺の手が彼女の腹部へ伸びる。
 まだ腹部というところで、俺の手に小さな突起物が触れる。それを少し引っ張ると、
「ふっ……ぁん……やぁッ」
 彼女が吐息を漏らして鳴いた。
 更に強く、時には左右に振り回す。
「だ、めぇ。ご、ごめんなさい、ご主人様……」
 切なそうに謝る彼女。
 今頃、彼女の秘部はどうなっているのだろう。俺はこれからのことを想像し、もう一人の俺と一緒に笑いあう。



 彼女と出会ったのは、本当に気紛れとしか言いようのない偶然だった。
 クセ毛のない少し長い目の黒髪にワッチ帽を被せ、焦げ茶色の革ジャンを着込む男。それが、俺だ。
 俺は犬養綱吉(いぬかい つなよし)という二十歳にして無職無就の駄目人間、一応アルバイトはしている。普段は東京の郊外の、小さな借家で一日を過ごしている。秋も深まろうとしていたその日は、何を思い立ったのか愛車の原付――原動機付自転車DIO(某自動車メーカー作)ちゃんに乗り、新宿まで体を動かしにきた。
 流石に、学校があると嘘を付いてシフトに入れてもらった週に二回のアルバイト以外、体を動かさないと持久力は減る一方のようだ。少しウィンドウショッピングをしただけで、デパートの屋上でベンチに腰掛けながらオレンジジュースを飲む破目になる。
 お酒は原付で来ているから自粛、子供が居る屋上の遊び場なのでタバコも自重。借家の周りに民家はなく、そんなことを気にすることもないのだが。
 まあ、一人暮らしを気ままに堪能する俺であった。
 閑話休題。とりあえず、彼女との馴れ初めについて話そう。
 俺は屋上で真っ青な空を見上げ、過ぎ行く雲の大きさを比較するという暇人のそれを楽しんでいた。
 建設的とは言えぬ思考に割って入ってきたのは、子供がはしゃぎまわっている遊び場には似ても似つかぬ怒号。
「おとといきやがれ、このクソ野郎!」
 俺は口に運んでいたオレンジジュースの缶を離し、怒声の聞こえた方に視線を投げる。
 怒声の主は、紺色のセーターとプリーツスカートを身につけた高校生ぐらいの少女だった。ウナジまで伸びる無造作な髪を薄くブロンドに染めた、これといって化粧っ気のない男染みた顔立ちの少女。
 その怒気を孕んだ表情は、まさに『鬼』と形容するに相応しい。きっと、この辺りでも知られた娘。なんとなく、そう思う。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊