鬼の飼い方
鬼畜ヒスイ:作

■ 檻ノ零・鬼の見つけ方3

 薄暗くなった帰り道、検問に引っ掛からないか不安だったが、俺は無事に家路に着いた。愛車の原付で三十分前後、電車なら二十分で着くというおかしな立ち位置の建物。
 プレハブとまでは言わないものの、それなりに小さくボロボロの借家。夏は風通りが悪くて暑いくせに、冬は隙間風が入ってきて寒い。純日本家屋とは正反対だ。
 まあ、無職の俺に雨が凌げる屋根があるだけでも十分なのだろう。
 俺は塀さえない借家の前に原付を止めると、しっかり鍵をかけて戸口を潜ろうとする。周辺に民家がないとは言っても、売り上げを目的に盗まれないという保証はないのだ。
 けれど、玄関に鍵をかけないという矛盾は何だろうか。
 ドアノブを回すだけで扉は開き、狭苦しい玄関の石畳を踏んだ時だ。声は、なぜか建物の中から聞こえてくる。
「おかえり〜」
 まるで自分の家のように振舞う声に、俺は唖然となる。いや、顔に驚きを浮かべてこそいたが、内心ではほくそ笑んでいた。
 トイレの扉と浴室の扉を除けば、その先にあるのは寝室兼居間の自室しかない。開けっ放しの自室の扉から、食べかけのポテトチップスを咥えて顔を出す見覚えのある顔。
 新宿のデパートで出会った、あの少女。
「これ、落として行ったでしょ? ワザワザ届けに来てあげたんだぞ」
 唖然とする俺に、少女はわざと落として行った免許書を差し出しながら胸を張る。
 本人は恩を着せたつもりなのだろうが、俺には恩着せがましい台詞にしか聞こえない。
「……それで、そのお礼に泊めろ、と?」
 俺は散らかった部屋を見渡し、ワッチ帽と一緒に髪を掻く。フローリングを安物の絨毯で隠した六畳間は、最初から散らかっていたので気にしない。
 買い込んだお菓子の袋や漫画雑誌等、多少の物は荒らされているが流石の彼女も、卓袱台の下に無作為に置かれたリュックサックは開いていないようだ。いや、中身を見たのならばここに留まるとは思えない。
「ぅん? もしかして、これを届けた以外に宿泊料でも欲しいの? 別に良いよ。こんななりだけど、男と経験はないからね。貞操観念って奴も、人並みに持ってないし」
 俺をからかっているのか、少女はスカートをギリギリまで捲り上げて笑う。
 冗談みたいだが、一応の許可は得た。
 やはり、彼女は俺が見込んだ性質を持っている。俺の中にある本質が頭をもたげようとしたが、必死に押さえ込んで呆れた口調で返す。
「そのつもりはない。大切なものを届けて貰った以上は無碍に追い返せないが、最後に忠告しておく。何があっても、『保証』はしないぞ」
 俺の力強い説得に彼女は僅かばかりたじろいだが、直ぐに笑顔に戻って肯く。
 内心の俺が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

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