鬼の飼い方
鬼畜ヒスイ:作

■ 檻ノ零・鬼の見つけ方4

 その夜は、箱買いしてあったカップ麺のシーフード味を堪能する。明日も特に用事がないので、近所のレンタルビデオ屋で借りてきたビデオを見る。
 少女は、何か文句をつけるわけでもなければ、テレビの画面を見て静かに隣でカップ麺を租借する。
「つまらないか? まあ、女の子がギャングのアクションなんて見ても面白くないだろうけど」
 テレビの中で拳銃をぶっ放したり、乱暴な言葉を交わす男達。
 少女は何も答えず、テレビに映るものは景色の一つとして、音声は単なるBGMのように受け入れている。
「女の子じゃないよ……」
 唐突に、少女は口を開く。
 予想外のカミングアウトに俺は目を丸くしたが、続く言葉に安静を取り戻す。
「くいな。水鳥水鶏(みなどりくいな)だよ、私の名前」
「クイナか……。俺は綱吉。あぁ、言わなくても免許書を見たなら分かるか」
 ここに来て、やっと自己紹介をした。
 そう言えば、こうして誰かと話をしながら夕食を食べるのも久しぶりだった。
 小学校から高校まで、ちゃんと通ったものの大学には行かなかった。たった一人を除いて、俺のことを理解してくれる人間が居なかったから。つまらない世界から逃れ、一人だけの世界に浸る。
 たぶん、彼女――クイナという少女も、俺と同じなのだろう。理解されないが故に、理解してくれる人を探す。理解されなければ、暴力で全てを蹴散らす。
 そんな自分の世界を求める少女は、俺の隣で縮こまるように膝を抱えている。食べ終えたカップ麺を、割り箸を突き立てたまま虚ろに見つめる。
 怖いのなら、帰ればいいのに。不安なら、離れればいいのに。それでも、クイナは俺と距離を開けようとしない。
「怖いのか? そうか、俺じゃなくてこっちが」
 話しかけて触れようとした瞬間に、クイナの肩が震えたことで気付く。
 クイナの見つめる先には、ひたすら動き続ける液晶画面がある。ちょうど、敵に捕らえられた別のギャングの男が、仲間の居場所を聞き出すために拷問を受けているシーンだ。
 上半身を曝け出された男が、手枷で天井に吊るされながらベルトで打たれている。他にも、革靴の爪先で頬を打たれたり、ナイフで薄皮を切り裂かれる。演技とは思えない苦悶の表情。臨場感のある音声。最近の映画にしては、生々しい演出である。
「これじゃあ駄目だな。本当に何かを聞き出すなら、苦痛だけじゃ無理なんだよ。痛めつけた後に、どうやって絶望から希望を引き出させるか。人間は苦痛だけじゃ陶酔しないってこと」
 俺の評論に、クイナは小首を傾げる。
 要するところ、気の弱い性格でもない限りは暴力だけで人を思いのままには出来ない。絶望の中に救いがあってこそ、人はそれに縋り付こうとする。
 もしここで、拷問されている男の前に敵のリーダーなりが現れ、優しく語り掛ければどうだ。
『仲間にならないか?』
『どうしてあんな奴らに肩入れする?』
『君はもっと賢い人間だろ』
 そんな言葉をかけられれば、男は苦痛から逃れるために味方を裏切るだろう。まあ、そうならないような設定がなされているのは、現実と作り物との違いと言える。
 などと評論している間に、映画はクライマックスを迎えて爆炎とともに幕が下りた。
「さて、そろそろ寝るか。明日には帰れよ」
 そう言って、スタッフロールが流れるテレビを消した俺は適当に毛布を持ってきて床に寝床を作る。クイナは俺とベッドを見比べるが、
「最近は冷えるだろ。俺は風邪を引いても大丈夫だけど、クイナに引かれると家に帰せなくなる」
 肩を竦めて説明すると、クイナは納得したようにベッドに潜り込んだ。
 そういった生活に慣れているのか、見知らぬ男の寝ていた布団を嫌な顔一つせず被る。そして、十分も経たぬ内に寝息を立て始めた。

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