鬼の飼い方
鬼畜ヒスイ:作

■ 檻ノ壱・首輪をつけよう3

「ねぇ、私って、そんなに魅力ない?」
 唐突に、呼び鈴も鳴らさず家に駆け込んできた少女が、最初に口を開いたのがそれだ。
 肩で息をして、ここまで走ってきたのが分かる。何をそこまで慌てているのか知らないが、その問いに対する返事は決まっている。
「そんなことは無いぜ。魅力も、十分過ぎる素質もある」
 俺の返答に、クイナは喜ぶようで怪訝に思うような顔をする。
「まぁ、上がれや。君はまだ、自分の素質に気付いていないみたいだからね。今日は、軽くレクチャーしてあげるよ」
 そう言うと、少女は何も知らぬようにアッサリと俺の言葉に乗ってきた。
 どこかで気付いているからか、軽い怯えこそあるが警戒しているわけではない。
 寝室兼居間から漏れる明かりだけが照らす、薄暗い廊下を歩いてクイナが歩んでくる。部屋に入ったところで、顎で扉を閉めるように指示する。
「どうして、昨日は私を襲ったりしなかったんだ?」
 昨夜とは違い、恥ずかしがっているのか『鬼』の方のクイナが問う。
「そんなに襲って欲しかったのか?」
 俺の意地の悪い返しに、クイナは首を横に振った。
「なわけねぇーじゃん! 私は、そんな女じゃねぇよ!」
 自分で聞いて、自分で否定して、勝手に怒る。
 その態度が、苛立つよりも愛らしく思ってしまう。
 己の本質を知らず、それを知ろうとするがためにジレンマとなる。ならば、それを俺がゆっくりと解きほぐしてやろうではないか。
 心の中で揺れ動く本質を止めるには、そいつを引っ張り出してやるのが一番だ。そう、今の俺のように。
「こっちに来いよ。立ち話もなんだし、座ってゆっくり話しでもしよう」
 心の中から顔を出してしまったもう一人の俺は、極力優しく、出来る限りそれを顔に出さないようクイナを誘う。
 クイナが卓袱台の前に座ると、卓袱台の下からリュックサックを引っ張り出して部屋を片付けるフリをしながら唯一の出入り口の前に立った。
 クイナならそんなことをする必要もないのだろうが、それで彼女の本気が計れる。
 そして、俺はガチャガチャと音を立てるリュックの中を掻き回す。
「それに何が入ってるんだよ? 紐……? まてよ、まさか……」
 リュックから取り出された束ねられた状態のロープ――荒縄を見て、クイナがギクッと腰を浮かす。
 これからのことに気付いたのだろうが、
「大丈夫。まだ、使わないから」
 俺は宥めるように優しく言った。
 ここでクイナが帰るそぶりを見せれば、素直に返して終わり。手を出していない以上、荒縄を取り出しただけの男を訴えたりすることは出来ないのだから。
「お前、そういう変態だったのかよ……寝込みを襲わないわけだ」
 クイナが微妙な納得をしたように、緊張の入り混じる声で揶揄してくる。
 まあ、変態といわれてしまえばその通りだ。己の欲望を、こうした形でしか満足させられない男。それが俺の本質であり、もう一人の俺なのだ。
 ただし、何事にも手順はある。最初から縛り付けたところで、それは単なる犯罪でしかない。

「昨日は免許書を拾って貰ったお礼だったが、今日は違う。それなりに、宿泊代は貰う。手始めに、服を脱げ」
「ッ!」
 俺の明確な命令に、クイナが顔を強張らせた。
 例え口で命令されても、彼女ならば俺を殴り倒してでも逃げ出せるはずだ。しかし、クイナがそうする様子は見られない。
 こうした本質を持つからこそ、クイナの本質、マゾとしての素質が逃亡を許さないのだと分かる。言葉や態度では否定していても、彼女は望んでいるのだ。
 誰かを傷つけることでしか誤魔化せない被虐性を、喧嘩という傷付け合いで己を痛めつける。
「どうした? 服の脱ぎ方も分からないのか? それとも、俺に無理やり引っぺがされたいのかな?」
 拒み続けるクイナの態度が、更に俺の加虐的な性質に火をつける。
 卑下た笑みを浮かべながら近づくも、クイナに手を触れるつもりは無い。クイナもまた、俺が口で言うようなことをしないと分かっていて、震える手でセーターの肩裾を掴む。
 まだ、セーターだけならば脱げるだろう。だが、その下から現れた、クイナには少しばかり可愛らし過ぎる白を基調とした制服はどうか。
『…………』
 俺が見つめる中、クイナは襟首から縦に並んだ三つのボタンを、一つ、二つ、と外してゆく。三つ目は、指が震える所為か、それとも躊躇っているのか、外すのに手間取った。
 そして、ボタンが外れて、大きく開いた胸元に水色の布地が頭を出した。
「ほぉ……」
 黒や赤かと思っていた俺は、意外な好みに思わず感嘆を漏らす。それがクイナに聞こえたか聞こえなかったか、制服に手を掛けると同時にそっぽを向く。
 クイナは覚悟を決めたらしく、制服の上を脱ぐと直ぐにスカートにも手を掛けた。手際よくホックを外し、スットンと床にスカートが落ちる。
 お揃いの水色の下着が、白い雪の上に乗った水溜りのように露となる。
 クイナが胸元を片腕で隠しながら、横目で俺を睨み付けた。「脱いだぞ」と言わんばかりの挑発的な視線に、俺はニヤニヤと笑みを返すだけ。
 クイナの顔が紅潮して、今にも裸体を隠したげにベッドの布団を見据えた。
 まだ、だ。まだ、下着を脱ぐようには命令しない。
「後ろを向け」
 俺の命令に、胸元を隠せることに安堵したクイナは素直に踵を返す。
「綺麗な背中だな。喧嘩はしていても、体に触れさせたことはないみたいだ」
 そう言う俺の手が雪原のような背中に伸びて、ツーッと人差し指の腹で背骨の窪みをなぞる。
「ひゃうッ……」
 外気に晒されて敏感になり始めた産毛が、思ったよりも指の感触を伝えてクイナを吼えさせる。
 このままブラジャーのホックを外すことも出来たが、やはり自分で脱がせようとしない。
 唐突だが、人がヒトたる由縁とは何か。
 二足歩行――否。
 知性を持つ――否。
 骨格の問題――否。
 答えは衣服を身につけているということ。
 この世には、二足歩行で移動する動物など幾らでも居る。知性を持つ動物だって、草木さえ少なからず本能に含まれない行動を行うだけの知能がある。骨格というのは、大外れ。全く違う骨格を持つ動物のも、哺乳類や霊長類といったヒト“ホモ・サピエンス”に通じる分類がされているのだ。
 ただし、この世界で衣服を身につける動物はヒトを除いていない。それはなぜか。人は羞恥というものを知り、それを隠すがために衣服を纏う。
 その衣服を脱ぐということは、ヒトからケモノへと成り下がることを意味し、己から衣服を剥ぎ取らすことで羞恥心というものを全面に押し出そうというのが俺の考えだ。
「で、どうするんだよ。このまんま放っておくのか? それとも……犯す、のか?」
 まだヒトとしての一面を保とうと、薄い水色の布に縋り付いているクイナが顔を真っ赤に染めて問いかけてくる。
「うぅ〜ん、どうしようかな? 放っておいて観察するのも面白いが、君はどうやら――」
 考えるフリをしながらクイナを眺め回し、前から見ようと振り向かせる。そして、ベッドに向かって突き放すように押す。
「きゃッ?」
「――犯して欲しいみたいだからなッ」
 悲鳴を上げてベッドに倒れこんだクイナに、俺は馬乗りになって欲望の声を吐き捨てる。

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