鬼の飼い方
鬼畜ヒスイ:作

■ 檻ノ弐・鬼には豆より縄を1

 冷たい水が徐々にお湯へと変わり、サーッと体を湿らせる。
 クイナは、目覚めて直ぐにシャワーを浴びた。断りを入れるべき家主は、未だにベッドの上で惰眠を貪っている。
 温水の温もりが体中を満たす中、クイナは昨夜のことを思い出す。
 目覚めた際、寝ぼけたクイナは、何ゆえ自分が裸で男の隣に寝ていたのか思い出せなかった。こうして体を温めて、やっとのことで昨夜の出来事が脳内を反芻する。
(あぁ、そうか……昨日はあいつと……って!)
 全てを思い出したところで、急に恥ずかしさが込み上げてくる。
 今更遅いのだが、考えただけでも自分の行為がどれほど愚かなことかを自覚した。見知らぬ、出会って一日程度の男と、
(セ、セ、セッ○スッ!)
 をしたのだ。
 忘れようにも、一度思い出すと頭から離れない情景に、クイナは戸惑う。何度か頭を壁に打ち付けてみても、漫画のように記憶を失うことは出来ないらしい。
 額が痛くなってきたところで、忘却を諦めて風呂場を出る。まだ、少しだけ、大人になったところが痛む。
 そう言えば、綱吉に精を打ち込まれたのだ。それが、もっと浅はかなことだと思う。一度も男と経験の無いクイナは、避妊薬などというものを飲んでいないのだ。
 だから、一度とは言え可能性を否定できない。
「ゴムぐらい付けろってぇの……」
 悪態を吐きながらも、どこかでその感触を確かめるように腹部を撫でる。気付けば、思わず微笑んでいる自分が鏡の前に居る。湯気に少し曇った鏡に映る自分の姿。腕に青痣が残っていたりするが、体は雪原の如き白を保っている。
 しばらく自分の体に見惚れていると、唐突にドアノブが回る。
「ッ?」
「あ、わりぃ。やっぱり、これしかなかったのか」
 体を震わせて視線を向けたそこに、綺麗に折りたたんだ制服を持った綱吉が居た。まだやや寝ぼけ眼で、クイナと見詰め合う。
 自分が裸であることを思い出したクイナは、制服を掻っ攫うと慌てて洗面用具諸々を綱吉に投げつける。
「早く出てけ!」
 一度は落ちかけた頭の血が、再び顔を赤く染めるのが分かった。
 昨日はすんなりと裸体を晒せたというのに、一晩経ってそれがどれほど恥ずかしさに耐えぬものかを思い知るのだ。けれど、そこにあるのは『羞恥』のみであり、『恥辱』や『屈辱』といった忌まわしいのもではない。
「……ばーか」
 綱吉が立ち去ってから、クイナは小さな声で悪態を吐く。その顔が、鏡の前で笑っていたことに気付いただろうか。
 そして、クイナは制服を着て部屋に戻った。
 戻ったところで、綱吉は朝食のカップ麺にお湯を注いでいる。もちろん、クイナの分を含めて二つ。
「なぁ……、これも昨日の宿泊代に含まれるのか?」
 フッと思い至ったことを、聞いておく。
「うん? 別料金でいいなら、もう少しヤらせて貰ってもいいぞ」
 シレッと答える綱吉。
 視線はどちらかと言うと、性欲よりも食欲に向かっている。冗談のつもりだったのだろうが、その態度が妙にクイナを苛立たせた。
「ふがっ?」
「誰が別料金なんて払うか!」
 綱吉を足蹴にして、自分の分のカップ麺を手に取る。
 少し不機嫌な風を装い、背を向けながらもさほど距離はとらず、出来上がったカップ麺を啜る。
「それで、あんたはどうするの?」
「どうするって、今日の予定か? それなら、バイトがあったと思うから……あるから、昼から夜まで居ないぞ。って言うか、お前もそろそろ家に帰れ」
「わぁってるおッ。はえればいいんだお」
 突き放すような言い方に、クイナは麺が口に入っていることを忘れて怒鳴り返す。
 気付いてみれば、二日も家に帰っていない。まあ、毎度のことだからこれぐらいで心配する両親でもない。いや、もしかしたら、
「また、来ても言いか……?」
 考えかけた可能性を否定したいがために、クイナは綱吉に問う。
「……宿泊料とるけど」
 やっぱり、と言わんばかりに口だけの返事。今は、食欲を満たすので精一杯らしい。
 綱吉よりも早く食べ終えたクイナは、立ち上がって部屋を出て行く。別れの挨拶は無い。二人の間に、別れを告げるような絆はないのだから。

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