鬼の飼い方
鬼畜ヒスイ:作

■ 檻ノ弐・鬼には豆より縄を2

 小さな家を出た後、クイナは電車に乗って自宅の近くまで戻ってきた。時間は九時を過ぎたところなので、家に居るのは母親だけだろう。
 家の前まで付くと深く溜息を吐き、意を決して玄関を開ける。二日ぶりの匂いが、懐かしく鼻腔を擽った。玄関を上がってリビングへ向かう。
 人の気配がなかったが、
『日本の南西で発生した熱帯低気圧は次第に勢力を増し、明日、明後日には台風となり沖縄本島を直撃するでしょう』
 付けっぱなしのテレビが台風情報を伝えているなら、誰かが残っているはずだ。
 案の定、来客を勘違いした母親が寝室のある二階から降りてくる。
「帰って……来てたの」
 果たして、振り向いたそこに居る母親は、本当に母親なのだろうか。まるで毒虫でも見るような、冷たい瞳で自分を見据える母親。
 そいつは、本当の産みの親ではない。クイナが高校に上がる前、父親が見つけてきた再婚相手だ。思い出せる限りでは、再婚を伝えられたその日からクイナは今のように荒れた。五歳ほど年上の姉は、既に就職先を見つけて家を出ていた。
 最初は再婚した母に反発する程度だったが、次第に勉強する気力を失い、今のように不良が集まる高校にしか入学できなくなる。それからも、母親面をする目の前の女に苛立ち、絶えず喧嘩をする日々が続く。
「……ただいま」
 短い一言を残して、クイナは二階の自室へ駆け上がる。
 これ以上あの女と居ると、怒鳴り散らしながら家を出て行かなくてはならない。そんな苛立ちを必死に抑えるクイナへ、呼び止める声が掛かる。
「ねぇ、最近学校に行ってないんでしょ? どこに泊まってるの?」
 また、いつもの母親面だ。
「どこだって、良いだろ。友達の家だよ、友達の……」
 階段の途中で、拳を握ったまま振り向かずに答える。それ以上の問答などしたくなかった。だから、クイナは自室へと駆け込む。
 外から忌まわしい声が聞こえてくるが、聞かないように努める。耳障りな声、耳障りな言葉、自分の愛する部屋だというのに、そう思えなくなった。
 クイナは旅行用のボストンバックに服や下着、生活用品を幾らか詰め込んで部屋を出た。部屋の前で喚いていた女を突き飛ばし、制止の声に振り向かず走る。
(お前の娘は、一晩男と寝て帰ってきてやったよ。ざまーみろ!)

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