鬼の飼い方
鬼畜ヒスイ:作

■ 檻ノ弐・鬼には豆より縄を4

 何気なく、この家に戻ってきたのは夜の七時ぐらいだった。
 自分の家を飛び出してから、しばらく色々な店を歩き回ってみた。腹腔で澱む苛立ちを吐き出そうと、行き着けのカラオケボックスにも寄った。
 思う存分、誰もいない小部屋で歌声を披露したはずだ。なのに、胸につっかえた何かが取れない。喉に刺さった小骨みたいに、ジクジクと私の心を蝕んでゆく。
 カラオケボックスを出た後も街を徘徊していたが、夜が訪れると増え始める馬鹿なナンパ野郎を二人ぐらい殴り倒して、この家まで戻ってきた。外にいるより、自分の家の自室に居るより、なぜかここは落ち着く。
 ここへ来て、制服からワンピースタイプのカットソウに着替えたクイナは、ベッドと卓袱台に挟まれた定位置で膝を抱えてうずくまる。暇だったので、綱吉が借りてきたビデオを適当に見たが、やっぱり面白いのは無かった。自分のやっていることは、もしかしたら不法侵入なのではないか。
「出て行けって言ったら、出て行ってやるよ……」
 前科持ちにはなりたくないので、善良な自分の声に独白を返す。
 暇だからという理由に限らず、なぜかクイナはソワソワと時計を確認する。八時を前にして、家主の帰宅が待ち遠しい。
「べ、別に……あいつが居ないと、勝手に飯も食えないからな。それだけだッ!」
 誰も尋ねる者など居ないのに、クイナは一人で怒鳴り散らした。
 家に入る分なら、既に顔見知りの――性交までした――仲で遠慮も無いが、勝手に食べ物を漁るのははばかられた。とは言え、食べかけのスナック菓子では腹の足しにならない。
 八時を過ぎ、そろそろ空腹の限界に達したところで、クイナがカップ麺へ手を伸ばそうと立ち上がる。そこで、足に触れる卓袱台の下のリュック。
 不意に過ぎる想像。
 もし、昨夜、綱吉との性交を選んでいなければどうなっていたのだろう。リュックの中に入っていた荒縄で簀巻きにされ、無理やり犯されていたのか。
「違う、よな? こんな細い紐、千切ろうと思えば……」
 頭に過ぎった想像を消そうと、リュックから取り出した荒縄を力任せに引っ張ってみる。割と、堅い。
 続いて、危ない好奇心を持ってしまったクイナは、リュックの中を探ってみる。そして出てくるは、出てくるは、大人の玩具の群れ。
「何だ、こりゃ? うっ……形が何か卑猥」
 ただし、大人の玩具に関しての知識が乏しいクイナには、ローターやらバイブといった道具の使い方が分からない。
 そして、不思議な道具に興味を示すのも早かった。ダイヤル式のスイッチを入れると震えだすローターに驚いたり、ウネウネと回転するバイブを意味もなく振り回してみたり、子供が新しい玩具で遊ぶのと同じ感覚だったが。そうしている合間に、時間は八時半を指しかける。
 もしかしたら、最初の一日目にリュックの中身を見ていたとしても、逃げ帰ったりはしなかっただろう。
「それにしても、これはどう使うのかね?」
 もう一度、マジマジと荒縄を観察する。
 一般に、縄とは物を縛ったり結びつけて使うものだ。仮に昨夜の使い道としては、クイナを縛るための物であったのは確かだろう。要するに、拘束するためだけの縄ということ。
「別にさ、こんなの使わなくても暴れたりしないつぅーの。ホント、男って何考えてるのかわかんねぇーや」
 悪態を吐きながら荒縄を弄くるクイナ。
 そこで、待ち望んだ家主の帰宅を知らせるスクーターの音。喜びに頭を上げるが、逆にリュックの中を勝手に見た罪悪感が襲い掛かる。
 扉が開き、家主の綱吉が姿を現す。呆然の二人は見つめあい、クイナは気まずそうに顔を顰める。
 だが、綱吉は怒った様子もなく靴を脱いで部屋に向かってくる。その顔は、どこか不気味に微笑んでいた。
「興味があるのか? 試してみたいのなら、飯の後にしてもいいが?」
 その問いかけに、クイナはしばし逡巡してから肯く。特に何かを考えたわけでもなく、肯く以外に道がないように思えたから。
 二人でカップ麺を食べながら、コンビニの唐揚げ弁当を突っ突く。まさか、自分が喰われる側に回ろうとは思いもよらず。

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