人身御供
非現実:作

■ 怪奇伝3

今か今かと待ち遠しそうに肩越しからお茶を見つめる、まるで幼子の琴乃。

「熱いゆえ、よく冷ましておくのだよ?」
「はい」
「金剛に不動や、そち達は遠慮無く頂けよ?」

やはり無言のまま、一礼してから2人は茶に手を付ける。

「姫様のはお口に合うよう温めにしておりますゆえ、今でも召上れますよ?」
「流石じゃ、気が利くのう」
「よろしいの?」
「うむ、よく吟味してから味わうのだぞ」
「はい」

このやり取りは……まるで親と子そのもの。
少しずつ口に含んでいる琴乃が愛おしい。

「では、私めは夕食の準備してまいります」
「すまぬな」
「今日のご飯は何?」
「これ、茶がこぼれるぞ」
「あ……」

両手に持つ茶が大分傾いているのを、慌てて制してやる。

「今日の夕食は、魚の煮付けにございます」
「わぁ〜〜、楽しみっ」
「うむ」
「では美味に味付けを致しましょう」

そう言って奥へと下がる桔梗だった。
茶を飲み終えた金剛と不動も、一礼をして立ち上がる。

「程々で休めよ?」
「……」
「……」

大箱から地味な武具を取り出す大男達。
何も語らぬ金剛と不動は、私の武具を毎日磨いてくれるのだ。
暫くして台所から、トンットンッと心地良い包丁の音が聞こえてきた…… ……。

「貴方様!」
「ん?」
「肩をお揉みましょうか?」
「……そうだな、頼もうか」

特に肩凝る事もないので、今の私には別段肩揉みは不要だった。
だが、琴乃がしたいというのなら……。
私は素直に願い出たのだ。
琴乃としては、妻の役目をしたいという気持ちは果たして。
…… ……否。
それはただの、ママゴトにしか過ぎなかった。
幼子が母の真似をしたい……そんな気持ちだった。

小さな手が両肩に添えられる。
私は琴乃がやり易いように、気持ち頭を下げて待つ。
やがて肩揉みのやり方すら知らぬ力無き両手が動き出す。

「んしょ、んしょっ!!」
「いい手際だ」
「貴方様、気持ちいいですか?」
「あぁ、良い気持ちだ」
「ん〜〜……凝ってございます」
「う、うむ」
「貴方様の肩は、お広いゆえ遣り甲斐がありますねぇ」

恐らく桔梗が教えたのだろう、夫婦らしい言葉を並べる琴乃。
まるでママゴトなる会話だが……この我が家が一番寛げる。
私にとって至福の時であった。
目を瞑る。
嫌な事も考えなければならぬこれからの事も、忘れられる……。
(今はいい、今はこの屋敷で平穏なママゴトを……)
次第に、良い匂いが居間まで立ち込めてきた。


笑みを綻ばせ、桔梗は空になったお椀に再び米を盛る。
早くも私は3杯目だったが、琴乃の1杯目のお椀は中々減らない。
食べるペースを落として味噌汁に手をつける。
続けて茄子の漬物を摘む……米3杯が私の限界だ。
ペースを落とした理由は簡単。
琴乃は私と一緒に「ごちそうさま」をしないと嫌がるからだ。
(さて……どうしたものか)
今日の魚の煮付けは妙に飯がはかどり、勢いで2杯目を軽く食べてしまった。
「美味しい」「美味しい」を連発させ、箸で小さく切り取って口に入れる琴乃。
そして十分時間を掛けて噛んでは飲み込む仕草、見ていて飽きないのだが……。
(茶でも貰って時間を稼ぐか)
そう考え付いたその時だった。

ドォォォオンッ、ドォォォオオンッ、ドォォオンッ…… ……。

「むっ!?」
「な…ナニ、何なの!?」
(敵襲っ!!)

昼夜厳戒態勢の中、至る所に監視小屋が置かれており、常備されている大鐘が合図となっている。
その大鐘の音だった。
尚も連続して打ち付けられる大鐘に怯える琴乃。
箱入り娘の琴乃には、その事を言っていない。
何故なら、ここはやっと辿り着いた平穏なる地として教えていたからだ。
琴乃に血の臭いや戦の悲惨さを感じてほしくはない。
故に毎回、大鐘に恐怖する琴乃だった。
対照的に素早く行動に移していた金剛と不動。
金剛が武具を大箱から取り出し、不動は外へと飛び出していった。

「琴乃……こっちおいで」
「は…ぃ」

しっかりと肩を抱いてやり、片手で頭を撫でて落ち着かせる。
胸元に顔を埋めて、身を震わせ続ける琴乃。

「大丈夫大丈夫」
「栄弦様ぁ……」
「怖くないよ琴乃?」

ドォォォォン、ドオオオォンッ、ドドォンッ……。
のんびりとした夕食の時間が一転する。
帰った不動が一報を知らせてくれた。

「殿……海辺の村が襲われている様子……」
「なんとっ、海岸の警備兵らは何をしておったのだ?」
「解りませぬが……既に前線は破られている模様……」

淡々と状況を報じる不動。
そこへバタバタと、戸を勝手に開けた3人の伝令兵が姿を現した。

「火急にてご無礼つかまつりまするっ!!」
「よい」
「大殿より伝令を申し上げまする、至急出陣の間におこしあれとの事っ!!」
「承った」
「では……次に回りまする故、失礼致しまする」
「うむ」

平伏していた身を躍らせて3人の伝令兵は出て行った。

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