親子三代の軌跡。
sadoken:作

■ 債務の生贄1

 松本は腕時計を見て、
「もうこんな時間だ、じゃー俺はクラブ・ムーンに行くからな、電話したら直ぐに来られる様にして置けよ」
「ハイ、畏まりました。気を付けて行ってらっしゃいませ」
 10時を少し回って松本は民子の店を出て、歩いて5分位の所に在るクラブ・ムーンに行きました。入り口の扉を押して中に入ると、若い見るからにバイトらしい女が迎えに出て、
「いらっしゃいませぇー、お一人ですかどうぞ此方へ」
 入って左奥のボックスに案内されました。直ぐにカウンターの中にいた男性がオシボリと手板を持って挨拶に来ました。
「いらっしゃいませ、ご指名の子は有りますか」
「初めてだからそんな子居ないよ、この子で上等だよ」
「お飲み物は何にされますか」
「日本酒と言いたいが其れは無いだろうから先ずビールを一本、ブランディの良いのがあればお願いします」
「畏まりました、暫らくお待ち下さいませ」
 フロアボーイ兼バーテンらしき男性が、トレーにビールとブランディボトルに、普通のグラスを2個と少し大きめの水割りグラスを2個とお摘みのオカキを持って来て、
「お待たせしました」
 と言ってビールの栓を勢いよくポンと抜き、松本にグラスを持たせて、
「サーどうぞ」
 と注いでくれました。松本は横に座った女にビールを注ぎ、
「それじゃー初対面のカンパーイ」
 と言ってビールを空けました。横に座った女が胸元から名刺を出して、
「マイでーす、宜しくぅ」
 松本が薄暗いフロアーを見渡すと、カウンターの隅に一人、右奥ボックスに二人組が一組、正面奥のやや大きなボックスに5人組が一組這入って居ます。フロアーは可也広く上手な組なら2組ダンスが踊れる位です。ビールが空になったのを見計った様にママらしき女が氷壷を抱えて現れ、
「いらっしゃいませ、ママの真理で御座います、ご挨拶が遅れて申し訳ありません、水割りで宜しいでしょうか」
 と言いながらブランディボトルの栓を抜き水割りグラスに注ごうとするので、
「ママさん、一寸待ってよ、こんな美味い酒水割りにするの、駄目だなぁー、ブランディグラス持って来てよ、ストレートで飲むから」
「あら済みません気が付かなくて、バーテンさん、ブランディグラスお願いィー、社長さんお強いのですわね」
先程の男がブランディグラスを1個持って来ました。
「1個じゃ足りないよ、もう1個持って来て、ママと乾杯するから」
 バーテンはママと顔を見合わせ、
「畏まりました」
 バーテンがもう1個のグラスを持って来て、両方のグラスに5分目ずつブランディを注ぎ、松本が立ち上がって、
「其れではママさんの更なる幸せの為にカンパーイ」
松本は一気に飲み乾しましたがママは半分位で噎せ返りました。バーテンが慌ててママに水を飲ませました。
「ウッグゥー、御免なさい、ああー、苦しかったぁー、喉が焼けそうだったわ」
「大袈裟だなァー、酒を飲むのはプロだろう、其れとも生のボトルからの生ジュースの方が好みかな」
 ママは一瞬間を置いて、
「厭ですわぁー、社長さんお口が悪い、場所が違うでしょう」
 そんな恥ずかしいこと、と言いたげな仕種をしつつ、満更でも無いようです。松本は某政治家のスキャンダルを話の種に持ち出し、面白可笑しく下ネタを並べたて、見て来たような想像話を交えママとマイを笑いの渦に巻き込んでいます。
 12時近くになり5人組が出口に歩き出したので、
「一寸失礼します」
と言ってママが松本の席を立ち、玄関の外まで客を見送り帰って来ました。すると2人組も帰る様子なので、ママは座る暇もなく客の後を追って送り出し再び帰って来ました。2組とも会計をした様子は有りませんでした。店内に居る客は松本とカウンターの隅に居る男の二人です。
「社長さん、うちの子みんなご挨拶させて好いでしょか」
「ああ、好いですよ、みんなスッポンポンで来なさい」
「また社長さん冗談がきついわぁー、みんなご挨拶に来なさい」
 3人のホステスが並び、各自名刺を出して、
「妙子です」
「睦美です」
「博美です」
「どうぞ宜しくお願いしまーす」
「ママさん、是でフルメンバーなの、店広いのに足りないんじゃないの」
「忙しい時は学生さんや看護師さんが応援に来てくれます」
「そうなんだ、今は不景気だからな」
「其れじゃみんな時間だから帰っていいわよ、お疲れさんでした」
 ホステスが着替えをして、
「ママ、お先に、お疲れ様でした」
 と言って挨拶し店を出て行き、カウンターの隅にいた男も一緒に出て行きました。
「此処何時が看板なの」
「12時半です、以前はお客様次第で朝まで遣った事も有りましたが、今は気心の知れたお客様以外は時間延長はしませんわ」
「嬉しいね、其れじゃ僕は気心の知れた客かい、よし、じゃー僕の秘書を呼んで今夜は大いに飲もう、僕の秘書は面白いよ、ママが見たらきっと仰天するよ」
 松本はママの返事も聞かず民子に電話しました。
「俺だ、直にクラブムーンに来なさい、戸が閉まって居るから店に着いたら電話しなさい」
 電話を切って、
「ママさん、オードブル出来ますか、在ればフルーツもお願いします」
「余り豪華なのは出来ませんが、有合わせで良ければ作りますわ」
「お願いします」
 ママは奥の厨房に入り素早く誰かに電話して、料理に掛ったようです、料理が出来上がりボックスに持って来た時、松本の携帯電話が鳴りました。
「モシモシ、着いたか、直ぐ開けて貰う」
 ママが戸を開けに行き民子を案内してボックスに帰って来ました。民子は紺のツーピーススーツでスカートはやや短めで、黒のアタッシュケースを提げています。
「ママ、紹介して置こう、僕の秘書で民子と云います、如何か可愛がって遣って下さい」
「マリです、此方こそ宜しくお願いしますわ、サーどうぞお掛け下さい」
「民子、僕はこの店気に入ったよ、君、首になったら此処で働け、ママさん好い人だよ」
「済みません、社長酔ったのですか、ママさんに失礼ですわよ」
「まーいい、改めて乾杯しよう、カンパーイ」
「社長さん以前何処かでお会いしてないでしょうか、お目に罹った事が有る様な気がするのですが」
「いやー、僕も先程から其れを思い出して居たのだが、確か昨年厚生労働省の祝賀会でZホテルのパーティじゃ無かったかなぁー」
「ああァ、そうでした、O社長の功労表彰パーティでしたわ」
「こうなると話は早いな、ママさん此れ本当かい」
 松本は背広の内ポケットから茶封筒を取り出し、中の書類を広げてママに見せました。
ママはギョッとして書面を見つめ、顔色が青ざめ俯いてこっくりと頷きました。

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