隷属姉妹
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■ 第1章 悪夢の始まり1

 槇村恵美(まきむら めぐみ)は、その連絡を勤務先の病院で受けた。
 連絡して来たのは、警察官を名乗り[身元を確認して欲しい]と事務的な声で、病院名を告げた。
 恵美には何の事だか、全く理解出来なかった。
 その連絡を受けたのは、朝の5時である。
 2週間前新卒で入ったばかりの病院で、初めての夜勤を緊張しながら、終えようとした時である。
「槇村さん、どこからの電話なの?勤務中の私用電話は、原則禁止よ」
 強い口調で婦長が恵美を注意する。

 だが、婦長は恵美の顔を見て驚き
「あ、貴女どうしたの…、その顔…」
 思わず問い掛けた。
「あはっ…、婦長さん…変な事言うんです…。この電話の人…。父さんと母さんが、事故を起こしたって…。だって、今は旅行中だし…こんな時間に、車に乗ってる筈…無いのに…」
 恵美は、血の気が引いた真っ青な顔で、笑いながら涙を流して婦長に答える。
 婦長は愕然としながら、恵美の持つ受話器に注意を向けると[もしもし、もしも〜し…]と微かに男の声が漏れていた。

 婦長は直ぐに恵美から受話器を奪い
「もしもし?あ、あの槇村さんは動揺して…、は、はい…はい…分かりました。はい…直ぐに…」
 詳細を聞き、メモを取る。
 受話器を置いた婦長は、涙を流しながら放心する恵美の頬を平手で張り
「しっかりなさい、貴女ナースでしょ!どんな時でも冷静で居なきゃ駄目じゃない。仕事は良いわ、早く着替えてここに行きなさい!」
 肩を掴んで、揺さぶりメモ用紙を手渡した。
 恵美は婦長の気付けで我を取り戻した。
「は、はい。すみません。ありがとうございます」
 恵美は婦長に深々と頭を下げ、ナースセンターを飛び出した。

 着替えを済ませた恵美は、婦長が呼んでくれたタクシーに飛び乗りメモを渡した。
 タクシーは事情を聞いていたのか、タイヤを軋ませ指定された病院に急いだ。
 恵美が病院に着くと、制服を着た警察官が
「槇村さんですか?」
 問い掛けながら近寄って来る。
 恵美が頷くと、警察官が踵を返し
「こちらです」
 と言いながら待合室に連れて行く。
 恵美はてっきり処置室か病室、悪くてもICUに案内されるのだろうと思っていたので、首を傾げて訝しんだ。

 待合室には、一人のくたびれたスーツを着た中年男性が椅子に腰を掛けて居るだけだった。
「間刑事、家族の方です」
 警察官が男に声を掛けると、男は立ち上がりA4サイズの茶封筒を片手に近付いて来る。
「あの〜、遺留品を確認して頂きたいんですが…」
 そう言いながら、ナイロン袋に入った男物と女物の腕時計を恵美に見せた。
 差し出された時計は、くすんでボロボロに成っていた。
 ガラスは砕けて粉々になり、中の文字盤は真っ黒に焦げている。
 とてもでは無いが、腕時計の原型を判別する事は、出来無いと思えた。

 震える手で恵美がその時計を手に取り
「は…い…、両親の物です…」
 囁くように答えた。
 それは、間違う事無く恵美の両親の物だった。
 今年の結婚記念日に、恵美達姉妹でお金を出し合い、両親に送った物だったのだ。
 時計の裏に刻んだ結婚記念日の日付と両親の名前が[間違い無い]と物語っていた。

 恵美の身体が、ガクガクと震える。
 間は、封筒に時計を戻すと
「遺体は損傷が激しく、判別が出来無い状態なんで…。唯一判別出来そうな物が、これだけだったんですよ」
 頭を掻きながら、済まなさそうに説明した。
(遺体…?、損傷…?。何が有ったの…父さん、母さん…)
 呆然とする恵美に
「交差点でね…信号を無視したご両親がトラックと衝突して、角のパチンコ屋に突っ込んだんですよ。で、ガソリンに引火して、爆発を起こした。悪い事に夜間は人通りが少ない道で、発見が遅れましてね。消防が駆けつけ鎮火させて、初めて車から出せたんですよ」
 間が説明した。

 間の説明を聞いた恵美の膝から、カクンと力が抜け、待合室の床にへたり込む。
 間は、溜め息を一つ吐くと、恵美の前に頭を掻きながらしゃがみ込み
「目撃者も無く、相手側の証言のみですが、事故の状況から言って、過失はかなりの割合でご両親の方に有ったようです…。まぁ、こう言う事は警察官として言う事じゃ無いんですが、これから起きる事にも、気をしっかり持って下さいね…」
 そう言いながら立ち上がり、警察官に合図をして、病院を出て行った。

 警察官は間に敬礼をして見送ると、途端に態度を変え
「え〜と、この書類の此処と此処にサインして、此処に印鑑を押して。無ければ拇印でも良いや、え〜っと右手の人差し指で、ああ、そう、そう言う感じ…。で、遺体の引き取りなんかは、病院と話して決めて。あ、遺留品は手続きが終わったら連絡するから取りに来て」
 事務的な口調で、ぞんざいに言い放ち
「あ、そうそう、遺体は霊安室に置いて有る筈だから、ナースにでも聞いて。多分、下だと思うわ」
 床を指差しながら、書類に不備が無いかチェックする。
 遺族を前にあるまじき言動だが、警察官は悪びれる風も無く書類のチェックを終えると
「じゃ、本官は書類提出が有りますので、これで…」
 恵美に目も呉れず、踵を返して出口に向かう。
 警察官は出口を潜る前に大きな背伸びを一つした。

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