隷属姉妹
MIN:作

■ 第1章 悪夢の始まり2

◆◆◆◆◆

 ポツンと一人待合室の床で呆然とする恵美。
 その恵美に、一人の白衣を着た男が近付き
「あ〜っと…、槇村さんですか?」
 と声を掛けて来た。
 恵美が男の方に向き直ると、男は欠伸を噛み殺し
「遺体の件何だけど、早めに引き取って貰える?心辺りが無いなら、知り合いの業者を紹介するよ?」
 面倒臭そうな声で、恵美に告げる。
 その医師の態度にも、さっきの警察官の態度にも、へたり込んでる自分自身にも、恵美は無性に腹が立って来た。
「両親の遺体は何処!今すぐ会わせて!」
 恵美は立ち上がり、医師に向かって怒鳴った。

 医師は恵美の剣幕に、一瞬面食らったが、直ぐに唇の端を歪めて
「止めた方が良いよ。あの手の死体は、素人には刺激が強すぎる…」
 見下したように、恵美に告げた。
「大丈夫よ!私はナースで、素人なんかじゃ無いわ!」
 恵美は医師にまくし立てる。
 医師は完全に馬鹿にした目で恵美を見て
「ふ〜ん…ナースなんだ…。まぁ、一応俺は止めたよ、後で文句は受け付け無いからね〜」
 嫌味タップリに告げると、クルリと背を向け歩き始めた。
 恵美は距離を置いて、医師の後ろに続き階段を下りて行った。

 地下の廊下は常夜灯だけが灯り、薄暗い。
 その廊下を突き当たり目指して、医師は真っ直ぐ歩いて行く。
 医師の背を頼りに恵美が進むと、男は突き当たりの扉を開けて中に入る。
 医師が消えたのを見て、恵美が慌て駆け出すと、暗かった扉の奥から明かりが漏れ、その明かりがスッと消える。
 恵美は扉のノブに手を掛けて手前に引くと、医師はストレッチャーの上に腰を掛け、ニヤニヤと笑っている。
 医師の尻の直ぐ横には、白いシーツを掛けられた何かが有った。
 恵美はギクリと顔をひきつらせ、入り口付近で立ち止まる。

 ストレッチャーの上に有った物は、自分の記憶に有る、どんな遺体ともその形状が違う事が、シーツ越しにも分かったからだ。
 医師は薄ら笑いを強め
「さて、父親、母親、どっちかな…?」
 ストレッチャーから立ち上がりながら、シーツを勢い良く捲る。
 恵美はそれを見て、初めて後悔した。
 ハンサムで慌てん棒の父親とも、美しく優しい母親とも違う、その遺体を見て愕然とした。
 医師が示した遺体は、誰なのか全く分からなかった。
 その形は椅子に腰掛けた状態で硬直し、全身は完全に焼けて半分以上が炭化し、人の形をした消し炭その物だった。

 医師はもう一つのシーツも剥ぎ取ると、全く同じ状態の遺体が現れる。
「この2人、即死じゃ無かったみたいだぜ。肺の中も、綺麗に黒こげだったからな」
 医師は嘲笑うように恵美に教えた。
 恵美はその医師の言葉を聞き[うっ]っと両手を口に宛てる。
 それは無理も無い反応だった。
 いくら、看護師と言えど、恵美はまだ20歳に成ったばかりで、准看の資格も取ったばかりの新米だ、此処まで損傷の激しい遺体を見るのも初めてだった。
 だが、恵美は気丈にも、口の中に溢れた吐瀉物を飲み込んだ。

 ハアハアと荒い息を吐きながら、キッと強い視線を向け、両親の遺体に近付く。
 その時医師は、チッと舌打ちをした事に、恵美は気が付かない。
 医師は素早く恵美の背後に回り、恵美の身体を抱き止めた。
(何て女だ…、絶対打ちのめされて、泣き崩れると思ったのに…、このままじゃ、やべぇ!また、親父に怒鳴られる)
 医師は焦って恵美を取り押さえる。
 恵美は突然押さえ込まれ、驚きながらももがく。

 医師の手が、恵美の身体に触れ、大きく見開かれた。
(うぉっ!何だこの女の胸…凄い張りだ…、腰も細いし…スタイル抜群じゃねぇかよ。良く見りゃ顔もかなりのモンだ)
 医師は馬乗りに成って、恵美の事をしげしげと見詰める。
 その時、入り口の扉が開き
「此処で何をしてるんです!此処は部外者の立ち入りが禁止されてる場所ですよ!」
 鋭い女の声が響きわたった。
 2人はその声でビクリと震え、声の主を見る。
 そこには30代半ばと思しい冷たい雰囲気の看護師が、腕組みをして仁王立で2人を睨み付けていた。

 看護師の帽子には、黒い縦線が2本入っている。
 医師はその看護師を見て、あたふたと立ち上がり
「あ、いや、婦長…。遺族の人が、引き取りにいらして…」
 医師は慌てて、看護師に言い訳をする。
「医師、ここに運ばれるご遺体は、遺族の方にもお見せしてはいけない規則ですよ。先ず然るべき処置をしてから、ご遺族の方にご面会頂く決まりをお忘れですか?」
 看護師は、取り付く島も無い調子で、医師を問い質す。

 医師はうなだれながら
「面目無い…」
 看護師に頭を下げた。
 恵美は看護師の迫力に圧され、言葉の一つも出ない。
「誠に申し訳御座いません。どうか一旦当院の処置にお任せ下さい。処置が済み次第、こちらからご連絡致します」
 深々と頭を下げた看護師の態度は折り目正しい物だった。
 そして、それには有無を言わせぬ圧力も備わっていた。
 恵美は看護師に押し切られ、遺体が安置している部屋から出た。

 恵美が出て扉が閉まったのを確認した看護師は
「坊ちゃん、ダメじゃ無いですか〜、ここに部外者を入れちゃ…。遺族の許可無しに解剖したのが、バレちゃうでしょ。それにこんな所で押し倒す何て…また、訴えられますよ」
 看護師は態度と口調をガラリと変え、医師にしなだれ掛かった。
「妙さん頼むよ…。親父には内緒にしててくれよ〜。また、怒鳴られる〜」
 医師は看護師に手を合わせて拝み始めるが
「ダ〜メ、医院長からきつ〜く言われてます。[トラブルのタネは、直ぐに報告しろ]って。私が怒られるんですからね〜」
 看護師はクルリと身体を回転させ、シナを作ってソッポを向いた。
「あ〜あ…あの女が[ナース]だなんて言わなきゃこんな事に成らなかったのに…」
 医師が小声でボヤくと、看護師の眉がビクリと跳ねる。
「か、看護師…、あの子が?坊ちゃん…迂闊な事言って無いでしょうね…。相手は、同業者よ!」
 看護師は、途端に鋭い口調で問い詰める。

 医師は頬をひきつらせ、記憶を弄りハッと気付く
「あっ…、死因言っちゃった…」
 ボソッと白状する。
 看護師は右手で顔を押さえながら
「あちゃー、早急に手を打たなきゃね…。取り敢えず、医院長に報告して、指示を仰がなきゃ…」
 看護師は腕組みして、美貌を歪めて考え込んだ。

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